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7月 29, 2012

そうデザインしてある理由


提案したデザインの一部に変更の指示が入りました。 赤字の内容から指示の意図を想像し訂正を加えて再度提案したのですが、どうもこちらが想像した意図とは違っていた様です。
ま、最初の時点でその意図をきちんと聞けてなかった自分たちも悪いわけですが、改めて確認してみると「とにかく最初のものと見た目が変っていればいい」ということです。突き詰めると、変更しなければならない理由は、その担当者の「上司がそう言ったから」、とにかく見た目が変っていれば、どう変えても構わないということになります。

私にはちょっとそんな事は信じられません。

私との窓口になっている担当者は、もしかしたら単に上司の “気分” で、そういう指示が入ったと思っているのかもしれません。
確かにそういう傾向の、所謂テキトーな赤字が入る事は稀ではありませんが、それにしてもその時その赤字の理由を一応でも聞いてみたのでしょうか。
きっと、窓口の担当者も、デザインに “意味” などというものが有るとは、あまり深く考えてないのでしょう。

人によっては、もしかしたら「デザインに意味があることぐらい当然分ってるよ」と言うかもしれません。でもそれは、あくまで、分っているというより、知っているという類のものなのではないでしょうか。なんとなく知識として知っているという感じ。

でも、それは単に情報の1つとして聞いた事や読んだ事があるとしても、あまり役に立たないのではないかと思います。

何故そのデザインになっているのかは、どういう効果を期待された設計なのかというところまで理解してはじめて大切な事になるのであり、単に審美的なものやデザインの表現の技術的な理由からくるものだけではありません。
制作者の個人的な勘や経験に拠るところはあるにしても、そのマーケティング的な戦略を担う上で、なるべく大きい効果を得るために「こうなっているべきだ」というものもあるということです。

そのレベルでの検証が加えられた結果としての修正依頼なのか。であればそれに対し、どう考えるから修正が必要だと思っているのかがないと、どう修正する “べき” か?という判断は出来ません。そこには正解がないからです。

その事を理解していれば、上司から意見を言われた際もその理由をきちんと聞けるでしょうし、前もって現状なぜそうなっているのかというデザインの意図もある程度は説明出来るでしょうから、理由の無い、つまり “意味の無い” 修正をいくらかでも避けることが出来るのではないでしょうか。

もちろん理屈じゃ避けられない正真正銘気分屋でテキトーな上司がいるケースもある事は承知ですけど(笑)

6月 30, 2012

見た目の機能


タイムカードやその打刻機って、なんであんなにあか抜けないんでしょうね。
「社外の人から見えないから、単に退勤管理のためのものだから、オシャレである必要がない」という事なんでしょうけど、そうなんでしょうかね。

要は部屋着だからなんでもよいという事なんでしょうけど、オフィスってそういうものじゃないですよね?
多分そういうものでも、変れば社内の空気も変るんじゃないでしょうか。また、それに伴って社員の意識も少しポジティブに、クリエイティブに変るかもしれません。

と、ここまで書いて思ったのですが「〜だから、オシャレである必要がない」というのは、単なる言い訳ですね。
本音は「わざわざ高いものを入れる必要がない」ってことで、要はそういうものは割高だといっているんですね。

悲しい事です。

決して「社員だから身内」などと思って見くびってる訳ではなく、デザインに対しそこまでの価値を感じてもらえていないということでしょう。

”デザインは単なる装飾ではなくそういった機能、スペックの一つでもある” ということを、多くの人たちに分ってもらえる様、もっともっと努力していかなきゃならないですねぇ。

6月 24, 2012

デザインのいらないもの


そのデザインに最終的に触れる(見たり、触ったりする)人たちは、実際には、そのデザインについてどんな反応をしているんでしょう?
その視覚情報は、情報の優先順位としては何番目くらいのものなのでしょう?

これらは、それがどのような種類のものに関するデザインかで大きく変わるとされています。

デザイン性が重視されるものであれば、その価値の優先順位も当然高くなります。
ですが反面、見た目などあまり関係なく、それがどんなデザインであろうが何も影響がないと言われるカテゴリーも多々あるということです。

本当でしょうか?

私は賛成ではありません。
先ず一つは、なんとなくイメージだけで、とがったものや洒落たものがデザインされたものとされている様な気がするところです。
何も、とがったものや洒落たものだけがデザイン性が高いものという訳じゃありません。もしかしたらそれはアート性が高いとは言えるのかも知れませんが、デザインの役割はそれだけではないと思っています。

例えば、人がデザインに接したとき、そこにどの様な印象を持って欲しいのか?という部分において、とがった印象や洒落た印象のみならず、それらを含む印象全般に関わるものだと思っています。
そして、また同時に、どの様な反応をして欲しいのか?といった、機能的な部分での役割も担っています。一見デザインされているように見えないものからも、私たちはある印象を受け取り機能的な意図を受け取っているはずです。それらを意図的にコントロールしようというのもデザインの大きな役割ではないでしょうか。

よく、デザインされていない方がいい!というような事が言われるケースがありますが、その根拠となっているであろう元々の見本の “デザインされていないもの” は、本当に、ただデザイナーなんかに頼まず適当に作ったから、その様な効果を得ることが出来たのでしょうか?適当に作ったものがその時効果をだしたのは実はたまたまだったりしてないですか?
それのどのような要素がそのような効果を出したのかを、しっかりと研究して掴み、その効果を再現出来るよう意図され表現される必要があるのではないでしょうか。
でなければ、それは単なる酷いものであり、意図した効果を出すどころかそれ以上に、与えてはいけないイメージを与えてしまう結果を導きかねないと思います。

また、「誰もデザインなんか気にしていない」というのも、落とし穴です。
それはそれに触れると想定している人を馬鹿にしすぎなんじゃないでしょうかね。
私は、視点の違いはあっても、誰もが視覚的な心地よさみたいなものを求めているはずだと思っています。
もしかしたら改めて聞くと「デザインなんて正直気にしていなかった」というような発言は出てくるかも知れません。ですが、それを鵜呑みにするのは危険ではないかと感じます。上記の発言をした同じ方が、本当に気にしていないのだったら出てこないような「正直言ってこの◯◯はあか抜けないイメージですからね」というような発言も同時にするのは結構あることなんです。

デザインが、そのもの自体の売り上げには何の影響もない形のビジネスであったにしても、その企業に対して醸成されたイメージは、めぐりめぐって何かに影響を及ぼしている可能性もあるのではないでしょうか。