“なぜ今、その広告あるいは販促キャンペーンをするのか?"
"なぜ、そのツールが必要なのか?”
これらの理由には、そのキャンペーン単独の目的と、
それを含めた全ての活動を通じて達成しようとする
会社としての中・長期的な目的があります。
本来、
それらを明確に把握出来ているからこそ、その先の広告や販促などの
コミュニケーション活動という "手法" の詳細を計画出来るわけですし、
更にその先の表現の方向性について、意味のある検討が出来る
わけです。
これら、最終的なゴールが自分の中で明確にされないまま、目の前の業務だけを
“とりあえず” 進行してしまっているということはないですか?
そうなると、自分が何をやっているのか、さっぱりわからなくなり、やっていることが
正しいか間違っているかの判断も出来なくなりますよね。
ただ上司やお客様の言ったことへの反応としてだけ動くことになってしまいます。
これでは、どうしても上司やお客様に、振り回されているような感じに
なってしまいますし、効率も非常に悪くなるのは当たり前ですよね。
また、その状態では貴方のアイデアを差し込む余地など無く、単に作業をしているだけ
ですので、どうしても貴方にお願いする必要が有るものではなく、いつでも他の人に
代えられる価値の低い仕事になってしまいます。
ところで、本当に目的やゴールを意識しないまま、何かのプロジェクトを進める、
あるいは関わるなんて可能なんでしょうか?
「誰しも何かしらの目的・ゴールを持っているに決まってる」
と言う方もいるかも知れません。
しかし目的やゴールを認識しないまま、なんなりかのプロジェクトに関わり
業務を進行している人は確かにいます。ただ、その人たちは、そのプロジェクトの
目的を捉えているのではなく、別のものをその目的・ゴールと一緒くたにして
"自分は目的を理解している" と勘違いしている可能性があるのです。
例えば "上司やお客様のために役立つ事" "上司やお客様に喜んでもらう事" という様な、
関係づくりのための、ある意味その人の個人的な目的・ゴールの様なものと一緒くたに
なっていたりします。
もちろん単に手足のように働き汗をかくという部類のものも大切なことですが、
それで最終的に上司やお客様に喜ばれるという結果を得たとしても、
それは、コミュニケーション戦略の立案・実行の上で必要だと私が言っているゴールとは
全く別物であり、この作業においてはプロジェクトの目的やゴールを共有して
いなければ、それは、目的を把握せずに活動しているということになるのです。
7月 18, 2011
6月 30, 2011
意思とイメージと選択肢
「これしかないの?」「選択肢が欲しい」
「もっと他に無いんですか?」
お客様に提案した席で、この類の言葉をいただく時があります。
これには単に "社内の承認を得る手続き上、複数案欲しい"
という場合と、"提出された案にピンと来てない" という場合が
あります。前者の場合は更に
"単にデザインのバリエーションでいいから選択肢として複数欲しい"
という場合と、
"発信したいメッセージに対し、様々な角度からの表現アプローチ案がもっと欲しい"
という場合。また更に
"発信するべきメッセージ自体に別の考え方がないか?"
というレベルのものまであります。
それらの各レベルは、先方からのオリエンテーションの内容や、その後の打ち合わせ、
提案したものに対するフィードバックの内容で、ほぼ分かるのが普通なのですが、
まれに大きく勘違いして受け取ってしまい、再提出時になってそのことが判明する
といった事もなくはありません。
そういう事態を避けるために、受け取る方は、初めから "このレベルの修正の話" と
勝手に前提せず、 その都度、それがどのようなレベルの話されているのかを確認する
ことが大切になります。
それは、我々の様な外部の協力会社とお客様との関係の中だけの問題ではなく、
それぞれの社内のコミニュケーションにおいても非常に重要なことです。
そして、もっと注意すべきことがあります。
ゴールを設定できないまま、オリエンテーションを行ったり、そのまま
受けてしまったりした場合です。
この場合、そもそも最初から何も絞られてないわけで、制作側としては、
制作者としての見解の中で最も効果的であろうと思われる方向に絞った上で、
違う表現のアプローチをいくつか提案する事になります。
そして、そんな時に出て来やすいのが、やはり
「他になんかないんですか?」なんですね。
もちろんそれは、お客様が、制作者から提案されたものに対して "ピンと来ていない"
ということなのですが、ピンと来ない理由の大きな部分は、
そもそもの "ゴール" が両者の間で明確になっていないということ
が大きかったりするんです。
方向を絞らないまま、アイデアを出すということになると、その様々な方向の
根本的なメッセージの検討に始まって、更にそれぞれに表現アイデアのレベルでの
様々な可能性を探らなければならないわけですから、それこそ、かなりの時間と
コストがかかってしまいます。
多くの一般的なプロジェクトは、そのような時間もコストもかけれないのが殆ど、
もっとお互い効率よく進めなければならない場合に、それはロスでしかありません。
それを避け、定めたゴール=結果に向かって効果的なアイデアと
表現アプローチを得るために、オリエン(スタート=発注)の時点で、
そのプロモーションの "ゴール" というものを、両者でしっかりと確認しておく
ということが大切なんですね。
「もっと他に無いんですか?」
お客様に提案した席で、この類の言葉をいただく時があります。
これには単に "社内の承認を得る手続き上、複数案欲しい"
という場合と、"提出された案にピンと来てない" という場合が
あります。前者の場合は更に
"単にデザインのバリエーションでいいから選択肢として複数欲しい"
という場合と、
"発信したいメッセージに対し、様々な角度からの表現アプローチ案がもっと欲しい"
という場合。また更に
"発信するべきメッセージ自体に別の考え方がないか?"
というレベルのものまであります。
それらの各レベルは、先方からのオリエンテーションの内容や、その後の打ち合わせ、
提案したものに対するフィードバックの内容で、ほぼ分かるのが普通なのですが、
まれに大きく勘違いして受け取ってしまい、再提出時になってそのことが判明する
といった事もなくはありません。
そういう事態を避けるために、受け取る方は、初めから "このレベルの修正の話" と
勝手に前提せず、 その都度、それがどのようなレベルの話されているのかを確認する
ことが大切になります。
それは、我々の様な外部の協力会社とお客様との関係の中だけの問題ではなく、
それぞれの社内のコミニュケーションにおいても非常に重要なことです。
そして、もっと注意すべきことがあります。
ゴールを設定できないまま、オリエンテーションを行ったり、そのまま
受けてしまったりした場合です。
この場合、そもそも最初から何も絞られてないわけで、制作側としては、
制作者としての見解の中で最も効果的であろうと思われる方向に絞った上で、
違う表現のアプローチをいくつか提案する事になります。
そして、そんな時に出て来やすいのが、やはり
「他になんかないんですか?」なんですね。
もちろんそれは、お客様が、制作者から提案されたものに対して "ピンと来ていない"
ということなのですが、ピンと来ない理由の大きな部分は、
そもそもの "ゴール" が両者の間で明確になっていないということ
が大きかったりするんです。
方向を絞らないまま、アイデアを出すということになると、その様々な方向の
根本的なメッセージの検討に始まって、更にそれぞれに表現アイデアのレベルでの
様々な可能性を探らなければならないわけですから、それこそ、かなりの時間と
コストがかかってしまいます。
多くの一般的なプロジェクトは、そのような時間もコストもかけれないのが殆ど、
もっとお互い効率よく進めなければならない場合に、それはロスでしかありません。
それを避け、定めたゴール=結果に向かって効果的なアイデアと
表現アプローチを得るために、オリエン(スタート=発注)の時点で、
そのプロモーションの "ゴール" というものを、両者でしっかりと確認しておく
ということが大切なんですね。
6月 27, 2011
自分が好きなものの "理由" を考える
あなたが、その映画を、本を、料理を、道具を、絵を、
人を好きな理由は何でしょうか?
よく「好きに理由は要らない」「好きなものに理由はない」
などと言いますが、それはあくまでもエンドユーザーの言葉、
ただ体験する側としては、それでもいいのかもしれません。
ですが、それ(=人から好かれるもの)を作り出す側に立つとすると、
それじゃだめですよね。
”好き"の理由にこそ、それを生むヒントがあるんじゃないでしょうか?
たとえばAさんが◯◯のカレーが好きだったとします。
エンドユーザーのAさんは
「なんか分んないんだけど、◯◯のカレーは好きなんだよね〜」で
済ましてしまっても良いかもしれません。
でも、もしAさんが、自分もカレー屋さんを開こうとしているのだったら、
それで終わらせていたら、何をどうやって作り出すんでしょう?
せいぜいただの真似っこ、二番煎じくらいのことしかできないですよね。
どんなものを作れば、他に無くて、しかも人気が出そうなのか?
人が好きなものについて、なぜ彼らがそれを好きなのか?
人気があるものが、なぜ多くの人から好かれているのか?
こういってしまえば、すごく基本ですし当たり前に聞こえると思うのですが、
それらをまずは、自分のそれについて注意深く徹底的に考えてみることです。
自分を題材に、何かをどうして好きになるのか?という仕組みを研究出来てこそ、
その仕組みを、他の人たちの場合に置き換えることで、少しでもリアルに、
その人気の仕組みや好感度の秘密にせまっていけるんじゃないですかね。
だからこそ、その場の人気取りでしかなく、提供する側の
アイデンティティや想いを欠いた、ただの真似っこや二番煎じなどではなく、
自分が本当に提供したいものに対しての ”好き” を獲得できるわけですよね。
人を好きな理由は何でしょうか?
よく「好きに理由は要らない」「好きなものに理由はない」
などと言いますが、それはあくまでもエンドユーザーの言葉、
ただ体験する側としては、それでもいいのかもしれません。
ですが、それ(=人から好かれるもの)を作り出す側に立つとすると、
それじゃだめですよね。
”好き"の理由にこそ、それを生むヒントがあるんじゃないでしょうか?
たとえばAさんが◯◯のカレーが好きだったとします。
エンドユーザーのAさんは
「なんか分んないんだけど、◯◯のカレーは好きなんだよね〜」で
済ましてしまっても良いかもしれません。
でも、もしAさんが、自分もカレー屋さんを開こうとしているのだったら、
それで終わらせていたら、何をどうやって作り出すんでしょう?
せいぜいただの真似っこ、二番煎じくらいのことしかできないですよね。
どんなものを作れば、他に無くて、しかも人気が出そうなのか?
人が好きなものについて、なぜ彼らがそれを好きなのか?
人気があるものが、なぜ多くの人から好かれているのか?
こういってしまえば、すごく基本ですし当たり前に聞こえると思うのですが、
それらをまずは、自分のそれについて注意深く徹底的に考えてみることです。
自分を題材に、何かをどうして好きになるのか?という仕組みを研究出来てこそ、
その仕組みを、他の人たちの場合に置き換えることで、少しでもリアルに、
その人気の仕組みや好感度の秘密にせまっていけるんじゃないですかね。
だからこそ、その場の人気取りでしかなく、提供する側の
アイデンティティや想いを欠いた、ただの真似っこや二番煎じなどではなく、
自分が本当に提供したいものに対しての ”好き” を獲得できるわけですよね。
6月 25, 2011
クリエイティブ力って?3
前回の続きです。
「じゃあ、良いクリエイティブ・アイデアを考えつくには?」
について、前回はとにかく多くの良いものを見て、
"技術的" にも自分のものとしてストックする
ということを書きましたが、今回は、その見たものを
”メッセージングの視点” で観察する必要性についてです。
その表現が、
"なんで" その形や色・コピーなど、つまり "その最終型" に
なっているのか?
を考えるということです。
”誰に対して” メッセージしていて、 "どういう場所" にあって、
他に "どんなタッチポイント" があり、最終的にそれは
“どんな反応を求めている” のかなど、しつこく考えてみるのです。
暫くすると、きっと色々と見えて来るんじゃないかと思います。
「このターゲットに対してだからか」「こういうメッセージだからか」
「ああ、こういう感じを持って欲しかったからか」
などなど。そして、次に
「じゃあ、こういう方がよかったんじゃないの?」
と、なるわけです。
この “こういう方” の部分で、いかに沢山観察したかが差になってくるのです。
とにかく、これです。これを繰り返すしかないんですね。
この “理由を考える“ は、私たちクリエイターにだけ必要だとか、
有益な訓練だとか、というわけではありません。
メーカーのクリエイティブの発注者にとっても、発注側の意図と
制作側の受け取り方のギャップを出来るだけ少なくする様な
オリエンテーションができるようになるでしょうし、なおかつ、
制作者の意図する方向を深い次元で理解できるようになることで、
自分たち発注者の意図と それが、どの部分で合致していて、どの部分で
ずれているのかが、もっと分りやすくなるはずですから。
6月 24, 2011
クリエイティブ力って?2
前回に引き続き今回は、
「じゃあ、良いクリエイティブ・アイデアを考えつくには?」
について書こうと思います。これも、技術力のアップと
同じで、やはり量が大切になるのですが、
簡単に言ってしまうと、良いものを沢山見るということです。
その都度、いちいちそれらがどういう手法で、どういう要素から作られているのかを
調べ、一緒に記憶しておく。そして、もちろん自分自身で、それをやってみなければ、
本当の意味では身に付きません。やってみるんです。
私たちが駆け出しの頃は、良いと思ったデザイン・レイアウトを自分自身が体得
するために、上からトレーシングペーパーをかけてトレースしたりするやり方も
有りました。
そうする事によって、そのデザイン・レイアウトの感覚を身体で盗むわけですね。
それをやっていると、不思議な事にその構成が見えて来るだけではなく
視点誘導の仕組みや、また、自分の手を使う事で、普段なにげなくやっている
自分の癖の発見や、そのような自分の癖と見本としているものとの違いの発見など、
いろいろなものが見えてきます。
見るというのは
"ただ眺める" ことではなく、記憶する、自分のものにする
ということです。
このことを、自分の引き出しを増やすなどと言ったりもしますが、
要は自分の中にいろいろな良いサンプルをためておくということが大切になります。
「じゃあ、良いクリエイティブ・アイデアを考えつくには?」
について書こうと思います。これも、技術力のアップと
同じで、やはり量が大切になるのですが、
簡単に言ってしまうと、良いものを沢山見るということです。
その都度、いちいちそれらがどういう手法で、どういう要素から作られているのかを
調べ、一緒に記憶しておく。そして、もちろん自分自身で、それをやってみなければ、
本当の意味では身に付きません。やってみるんです。
私たちが駆け出しの頃は、良いと思ったデザイン・レイアウトを自分自身が体得
するために、上からトレーシングペーパーをかけてトレースしたりするやり方も
有りました。
そうする事によって、そのデザイン・レイアウトの感覚を身体で盗むわけですね。
それをやっていると、不思議な事にその構成が見えて来るだけではなく
視点誘導の仕組みや、また、自分の手を使う事で、普段なにげなくやっている
自分の癖の発見や、そのような自分の癖と見本としているものとの違いの発見など、
いろいろなものが見えてきます。
見るというのは
"ただ眺める" ことではなく、記憶する、自分のものにする
ということです。
このことを、自分の引き出しを増やすなどと言ったりもしますが、
要は自分の中にいろいろな良いサンプルをためておくということが大切になります。
6月 23, 2011
クリエイティブ力って?
良いクリエイティブ(デザインやコピーライティング)の
実現のために、私たちが、しなきゃいけないことは
山ほどあります。
また、それらを、一通り全てやってみたからといって、
素晴らしいクリエイティブが生み出せる技術や能力が、
直ぐに身に付くというものでもありません。
結局は、
それらを何度も繰り返しやり、身に付けたか?訓練したか?
ということであったりしますしね。
さて、やらなきゃならない沢山のことの中の一つは、もちろん技術。
形にするための知識と腕です。これは言わば基本ですよね。
どんなに素晴らしいアイデア、どんなに素晴らしい表現の世界が
頭に浮かんでも、それは、どうすれば実際に形に出来るのか?
それを形にする知識と腕が必要ですもんね。
仮に形にする部分を他人(デザイナー)に頼むにしたって、
頼む人間(ディレクター)自身が、やり方を把握してなければ、
それは単なる丸投げと同等になりがちです。
その作業にかかる時間すら想定出来ないわけですから、スケジュールさえ
組めないですし、進行中も、まともにコントロールすることは難しくなります。
ましてや思うように仕上がって来なかったときなど、それに対する適切な
修正指示も出せないわけで、そんな中での作業は労力ばかりかかり、なかなか
仕上がりの精度が上がらないというようなことになってしまいます。
そうなると当然、時間もコストも通常以上にかかるわけで、
それは良くない時間とコストのかけかたですよね。
これら技術の部分は基本です。
次回も、その他のしなければならないことを
つらつら書いていこうと思います。
実現のために、私たちが、しなきゃいけないことは
山ほどあります。
また、それらを、一通り全てやってみたからといって、
素晴らしいクリエイティブが生み出せる技術や能力が、
直ぐに身に付くというものでもありません。
結局は、
それらを何度も繰り返しやり、身に付けたか?訓練したか?
ということであったりしますしね。
さて、やらなきゃならない沢山のことの中の一つは、もちろん技術。
形にするための知識と腕です。これは言わば基本ですよね。
どんなに素晴らしいアイデア、どんなに素晴らしい表現の世界が
頭に浮かんでも、それは、どうすれば実際に形に出来るのか?
それを形にする知識と腕が必要ですもんね。
仮に形にする部分を他人(デザイナー)に頼むにしたって、
頼む人間(ディレクター)自身が、やり方を把握してなければ、
それは単なる丸投げと同等になりがちです。
その作業にかかる時間すら想定出来ないわけですから、スケジュールさえ
組めないですし、進行中も、まともにコントロールすることは難しくなります。
ましてや思うように仕上がって来なかったときなど、それに対する適切な
修正指示も出せないわけで、そんな中での作業は労力ばかりかかり、なかなか
仕上がりの精度が上がらないというようなことになってしまいます。
そうなると当然、時間もコストも通常以上にかかるわけで、
それは良くない時間とコストのかけかたですよね。
これら技術の部分は基本です。
次回も、その他のしなければならないことを
つらつら書いていこうと思います。
6月 15, 2011
対象(ターゲット)の住む世界を感じる
これまで私が、”対象(ターゲット)を理解する“から始まる
いくつかのエントリーで書いてきた”城壁のなかに入り、
中に住む人たちの世界(空気感や生活、日常など)を掴み、
共通言語で会話が出来る様にすることが大事だ”ということに
共通するエピソードを、
先日、知人のアートディレクターから聞きました。
『今までで一番やさしい経済の教科書(ダイヤモンド社)』や
『学校で教えてくれない「分りやすい説明」のルール(光分社新書)』などの
著者、木暮太一さんは、
学生向けの本を執筆する際には学食に、
主婦向けの本を書く際にはスーパーに、
サラリーマン向けの本を書く際にはマクドナルド(笑)に、
なんと、まる一日中張り込んだとか。
もちろん一日だけの話ではなく数日通ったのだと思います。
いや徹底してるというか、ほんと凄いと思います。
それも全て対象のことを出来るだけ理解し、
相手に伝わる本を執筆するためなんですよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※上記の内容が掲載されている御崎栄一郎さんのポットキャストのリンクです。
他にも面白い話がたくさん掲載されていますのでぜひこちらも覗いてみてください。
7月 16, 2010
経験から得た"勘"を説明できる?
前回の話では、ああ書きましたが、実際は、どこの業界、
なんの職種とも同様に、ただ単に縄張り意識から専門外の人に対し、
「素人の癖に、生意気言うな!」
「コードも書けないやつが口だすな!」
「いいから先ず自分の仕事をしろ!」
などなど、
排他的に意見やアイデアを撥ね付けるだけ
の人も多くいることは事実ですよね。で、実際そうなのか、それとも
専門家としての判断の結果が、 言葉が足りずそうなっただけ?
なのか、判断しづらいところもあります。
現在50代半ばとなる私の昔の師匠も、当時、私のアイデアやデザインに
ダメ出ししかくれませんでしたが、理由らしい理由を言ってもらった記憶もありません。
ま、徒弟制度みたいなもんですしね。
「教えてもらうんじゃなくて盗め」
と、よく言われましたね。
でも、その場では理解出来ず、それこそ師匠の
"個人的な気分や好き嫌い"みたいなもので言ってるのでは?と疑がったり(笑)。
だいたい、ちょっと時間をおいてからですね、
ダメ出しの理由がわかった(と思えた)のは。
ま、いろいろな要素が関係しますからね、意外と何かを創っている本人って、
ある偏った視座からしか それを見れていないってことになりがちですからね。
とまあ、私もそんな中で育ったわけで、
「私たちの仕事なんて、そう言うもんだ」
って考えは正直ありました。結局、最終的に視覚情報として発信するものであれば、
受け手に与える効果や引き出す反応をどれだけ制御出来るかは、最終的な全体としての
見え方に大きくかかっています。
パーツとしては素晴らしいアイデアでも、統合体になった時に不自然で
違和感の出るものであれば 全体の調和を乱し、伝えたかったメッセージや印象を逆に
弱めてしまうものも有ります。
媒体によって、そのメッセージに接触する場所によってと同様に、
ほんのちょっとしたディテールやテクスチャーによって、
受け手が情報を受け取る時のムードは全然違うものになります。
そのことにより、同じ文字情報が発信されていても、 受け取り方は微妙に違ったものに
なって来るわけなんですが、それらを意図的に作り出す作業の方は、経験から来る
感覚や勘に かなり大きく依存している部分もありますからね。
でも、上記の様な種類の人たちもいる中、
自分たちの専門性を社会的にきちんと理解してもらう
ためには、その、
感覚的や経験によった、勘による判断の部分も、
どうにかして説明していかなければならない
のかもしれませんね、ま、難しいんですねぇ。
なんの職種とも同様に、ただ単に縄張り意識から専門外の人に対し、
「素人の癖に、生意気言うな!」
「コードも書けないやつが口だすな!」
「いいから先ず自分の仕事をしろ!」
などなど、
排他的に意見やアイデアを撥ね付けるだけ
の人も多くいることは事実ですよね。で、実際そうなのか、それとも
専門家としての判断の結果が、 言葉が足りずそうなっただけ?
なのか、判断しづらいところもあります。
現在50代半ばとなる私の昔の師匠も、当時、私のアイデアやデザインに
ダメ出ししかくれませんでしたが、理由らしい理由を言ってもらった記憶もありません。
ま、徒弟制度みたいなもんですしね。
「教えてもらうんじゃなくて盗め」
と、よく言われましたね。
でも、その場では理解出来ず、それこそ師匠の
"個人的な気分や好き嫌い"みたいなもので言ってるのでは?と疑がったり(笑)。
だいたい、ちょっと時間をおいてからですね、
ダメ出しの理由がわかった(と思えた)のは。
ま、いろいろな要素が関係しますからね、意外と何かを創っている本人って、
ある偏った視座からしか それを見れていないってことになりがちですからね。
とまあ、私もそんな中で育ったわけで、
「私たちの仕事なんて、そう言うもんだ」
って考えは正直ありました。結局、最終的に視覚情報として発信するものであれば、
受け手に与える効果や引き出す反応をどれだけ制御出来るかは、最終的な全体としての
見え方に大きくかかっています。
パーツとしては素晴らしいアイデアでも、統合体になった時に不自然で
違和感の出るものであれば 全体の調和を乱し、伝えたかったメッセージや印象を逆に
弱めてしまうものも有ります。
媒体によって、そのメッセージに接触する場所によってと同様に、
ほんのちょっとしたディテールやテクスチャーによって、
受け手が情報を受け取る時のムードは全然違うものになります。
そのことにより、同じ文字情報が発信されていても、 受け取り方は微妙に違ったものに
なって来るわけなんですが、それらを意図的に作り出す作業の方は、経験から来る
感覚や勘に かなり大きく依存している部分もありますからね。
でも、上記の様な種類の人たちもいる中、
自分たちの専門性を社会的にきちんと理解してもらう
ためには、その、
感覚的や経験によった、勘による判断の部分も、
どうにかして説明していかなければならない
のかもしれませんね、ま、難しいんですねぇ。
6月 04, 2010
ケース・スタディ
世の中には広告や販促など、企業コミュニケーション活動に関する
”ケース・スタディ”
が溢れてますよね。でも、それって
「本当に正しく利用されてるのかな?」
って思ってしまう事が。なんか最後に形となった
”表現”や“企画”ばかりに 目が向けられている?
って感じで・・・。 私たちは日々、お客さんの抱える“課題”に対して、
コミュニケーション活動によって解決出来る部分を模索しています。
それはもちろん、コミュニケーション分野以外の活動とリンクしていなければならず、
それらの活動すべての相乗効果によって課題そのものの解決へと向かうというわけ
なんですけどね。
でも、突然お客さんのところへ行って、
「御社のコミュニケーション活動上の課題をお聞かせ下さいますか?」
なんて上っ面なことを聞いても、大概答なんて返ってこないですよね。
「それがわかってたら、とっくに何かやってるよ!」って 言われちゃっても
しょうがない感じですかね。
やっぱりプロだと自称する以上、私たちがお客さんである企業の
コミュニケーション活動の中で、機能していない部分や非効率的になっていると
思われる部分を探しだし、提示しなければならないですからね。
実は、ケース・スタディこそ、そういう
”課題”そのものを探し出すための一手段
として、とても有効なものだ、ということなのです。
そういう視点でケース・スタディを研究することで、お客さんの
”コミュニケーション上の課題”を見つけることが出来るようになると。
そして、だからこそ
単なる二番煎じなんかではない、本当のソリューション、
適切なコミュニケーション活動の提案が出来る
のではと、思うわけです。
”ケース・スタディ”
が溢れてますよね。でも、それって
「本当に正しく利用されてるのかな?」
って思ってしまう事が。なんか最後に形となった
”表現”や“企画”ばかりに 目が向けられている?
って感じで・・・。 私たちは日々、お客さんの抱える“課題”に対して、
コミュニケーション活動によって解決出来る部分を模索しています。
それはもちろん、コミュニケーション分野以外の活動とリンクしていなければならず、
それらの活動すべての相乗効果によって課題そのものの解決へと向かうというわけ
なんですけどね。
でも、突然お客さんのところへ行って、
「御社のコミュニケーション活動上の課題をお聞かせ下さいますか?」
なんて上っ面なことを聞いても、大概答なんて返ってこないですよね。
「それがわかってたら、とっくに何かやってるよ!」って 言われちゃっても
しょうがない感じですかね。
やっぱりプロだと自称する以上、私たちがお客さんである企業の
コミュニケーション活動の中で、機能していない部分や非効率的になっていると
思われる部分を探しだし、提示しなければならないですからね。
実は、ケース・スタディこそ、そういう
”課題”そのものを探し出すための一手段
として、とても有効なものだ、ということなのです。
そういう視点でケース・スタディを研究することで、お客さんの
”コミュニケーション上の課題”を見つけることが出来るようになると。
そして、だからこそ
単なる二番煎じなんかではない、本当のソリューション、
適切なコミュニケーション活動の提案が出来る
のではと、思うわけです。
3月 12, 2010
仕事としてのクリエイティブ?
広告や販促などの商業活動の中でクリエイテイブに関わっていると、
いつも考えさせられるのが“お金”の話。
「カネくい虫だ」とか、「ビジネス感覚がない」だとか、まぁ、
クリエーターは普段から、いろいろ言われるわけなんだけど、
無意味に「金かけりゃいい」なんて思っているクリエーターって
そんないないよって思いたいんですけどね。
ま、半分正しいし、半分誤解されてるのかな?って感じですかね。
単に、お客さんの要望に対する、そのままの結果って感じで、要望されている内容と
提示されてる予算との間に、そもそも開きがあったってパターンはあるんですよね。
その場合は、テキトーにというか、考えなしに?「わかりました!」とか言って
安請け合いするのが悪いんだけど、誠意を持ってやるんならさ、初めからある程度
ちゃんと説明するべきでしょ?それこそビジネスの基本としてね。
実際「え?」って感じのオーダーは、有りますしね、残念ながら。
それこそ“表現とかクリエイテイブとかを単なる装飾にしか考えてない”って感じのやつ
なんですけどね。
もう一方で、例えば「予算とか制限がちらつくとアイデアを出すのに障壁になる」って
いうのはあって、だから、あえて最初は予算とか度外視で考え始めたりするんですよね。
それを最終的に現実的なスケールのものに落としこむ作業が
出来ず(技術の問題とか、そのアイデアに固執しちゃって?また、
細部のディテールを譲ることができず。などなど)
いつも考えさせられるのが“お金”の話。
「カネくい虫だ」とか、「ビジネス感覚がない」だとか、まぁ、
クリエーターは普段から、いろいろ言われるわけなんだけど、
無意味に「金かけりゃいい」なんて思っているクリエーターって
そんないないよって思いたいんですけどね。
ま、半分正しいし、半分誤解されてるのかな?って感じですかね。
単に、お客さんの要望に対する、そのままの結果って感じで、要望されている内容と
提示されてる予算との間に、そもそも開きがあったってパターンはあるんですよね。
その場合は、テキトーにというか、考えなしに?「わかりました!」とか言って
安請け合いするのが悪いんだけど、誠意を持ってやるんならさ、初めからある程度
ちゃんと説明するべきでしょ?それこそビジネスの基本としてね。
実際「え?」って感じのオーダーは、有りますしね、残念ながら。
それこそ“表現とかクリエイテイブとかを単なる装飾にしか考えてない”って感じのやつ
なんですけどね。
もう一方で、例えば「予算とか制限がちらつくとアイデアを出すのに障壁になる」って
いうのはあって、だから、あえて最初は予算とか度外視で考え始めたりするんですよね。
それを最終的に現実的なスケールのものに落としこむ作業が
出来ず(技術の問題とか、そのアイデアに固執しちゃって?また、
細部のディテールを譲ることができず。などなど)
予算を大幅にオーバーしたままのものが出て来ちゃうってパターンもありますかね。
基本的に、初めに予算を提示されていて「その内でやってくれ」と
言われているんであれば、“アイデアをその予算のスケールに収める”というのは
当然必要なものですよね。
でも、一度出たアイデアをその予算に合わせて落とし込むって場合、そのアイデアの
本質の部分だけ?を残し、表現的な部分は殆ど考え直さないといけないってことが
多いんですよね。そりゃ、まぁ、作る方にとっては切り替えも大変になるわけですが。
いくら“お客さんの事を考えた上で”「このアイデアが最適だ」と信じていたとしても、
予算をオーバーしすぎていたら、それはあくまでオプションでの提案ってことに
なりますよね。
その限られた予算の中で効果が出るアイデアを出すのもクリエイテイブだし。
50万しか予算が無い時に、普通にやったら150万かかるアイデアを、単に質を落として
基本的に、初めに予算を提示されていて「その内でやってくれ」と
言われているんであれば、“アイデアをその予算のスケールに収める”というのは
当然必要なものですよね。
でも、一度出たアイデアをその予算に合わせて落とし込むって場合、そのアイデアの
本質の部分だけ?を残し、表現的な部分は殆ど考え直さないといけないってことが
多いんですよね。そりゃ、まぁ、作る方にとっては切り替えも大変になるわけですが。
いくら“お客さんの事を考えた上で”「このアイデアが最適だ」と信じていたとしても、
予算をオーバーしすぎていたら、それはあくまでオプションでの提案ってことに
なりますよね。
その限られた予算の中で効果が出るアイデアを出すのもクリエイテイブだし。
50万しか予算が無い時に、普通にやったら150万かかるアイデアを、単に質を落として
作ったら、そりゃ安っぽい二流のものになるだろうし、効果も期待出来ないですよね。
50万なら50万のクラスで最高のものを作った方が、あきらかに良いものが出来るし、
結果に繋がるはずだと思うんですけどね。
ま、そこら辺は、本当は発注者側にも分ってもらいたいところではあるんですが。
こんな経済状況だからね、黙って「はいはい」聞くところは多いと思うんですけど、
それは本来あんまり誠意のある対応とは思えませんよね。 実際は、
無闇にあれもこれもと欲を出すことで、その分どんどん質が落ちている
はずなんですからね。
50万なら50万のクラスで最高のものを作った方が、あきらかに良いものが出来るし、
結果に繋がるはずだと思うんですけどね。
ま、そこら辺は、本当は発注者側にも分ってもらいたいところではあるんですが。
こんな経済状況だからね、黙って「はいはい」聞くところは多いと思うんですけど、
それは本来あんまり誠意のある対応とは思えませんよね。 実際は、
無闇にあれもこれもと欲を出すことで、その分どんどん質が落ちている
はずなんですからね。
3月 08, 2010
ぞれぞれの立ち位置からの“全体像”
前回の最後に書いた
その“専門家”が、どういう視点から全体を捉えているか?」
が、大切だということについて補足します。
ものは、それを観察する人が“どの位置から見ているか?”によって
大きく違って見えることがあります。同様に何かについて語られるとき、
それは、語っている人間の“立ち位置“によって、少しずつ違っていても当然ですよね。
例えば、同じ広告のことについて話しあっていても、人によって見方や考え方が変わる
わけですが、それは、その人の“立ち位置”というのが関係しているということです。
デザイナーと、コピーライターと、マーケティングのプランナーとで当然違ってくる
ようにですね。 今回は、わかり易くするため、この“立ち位置”を、
今、例として出したように“職種”に置き換えて説明しようと思います。
例えば、今、誰かが“ブランディング”のことについて話しているとします。
それを話している人はどういう職種(立ち位置)にいる人でしょう?
ブランド・コンサルタント?どういう? どういう立ち位置にいる
ブランド・コンサルタントですか? プランナーでしょうか?マーケッターでしょうか?
グラフィックやパッケージ、インテリア等のデザイン系の人でしょうか?それとも
建築設計?インターネットやインタラクティブ系? それとも経営コンサルタント?
“ブランディング”という一つのものも、それぞれの立ち位置から、それぞれ
違った視点で見ているということです。
まぁ、ある程度の規模の会社の場合は、それぞれに専門のスタッフがいて
その“専門家”が、どういう視点から全体を捉えているか?」
が、大切だということについて補足します。
ものは、それを観察する人が“どの位置から見ているか?”によって
大きく違って見えることがあります。同様に何かについて語られるとき、
それは、語っている人間の“立ち位置“によって、少しずつ違っていても当然ですよね。
例えば、同じ広告のことについて話しあっていても、人によって見方や考え方が変わる
わけですが、それは、その人の“立ち位置”というのが関係しているということです。
デザイナーと、コピーライターと、マーケティングのプランナーとで当然違ってくる
ようにですね。 今回は、わかり易くするため、この“立ち位置”を、
今、例として出したように“職種”に置き換えて説明しようと思います。
例えば、今、誰かが“ブランディング”のことについて話しているとします。
それを話している人はどういう職種(立ち位置)にいる人でしょう?
ブランド・コンサルタント?どういう? どういう立ち位置にいる
ブランド・コンサルタントですか? プランナーでしょうか?マーケッターでしょうか?
グラフィックやパッケージ、インテリア等のデザイン系の人でしょうか?それとも
建築設計?インターネットやインタラクティブ系? それとも経営コンサルタント?
“ブランディング”という一つのものも、それぞれの立ち位置から、それぞれ
違った視点で見ているということです。
まぁ、ある程度の規模の会社の場合は、それぞれに専門のスタッフがいて
チームを組んでやっており、細かい話しになると、そのつど担当の人間が出て来るし、
個人あるいは小規模の会社での場合には、社外のスタッフとチームを組み
どうように担当の人間がいるわけです。
つまり、あなたの前にいる“ブランディング全体”について話している
(全体をまとめている)人は、かならず何処に立って全体を見渡した上で話している
というわけですね。で、同じ“ブランディング”という範囲の話だからと言って、
インテリア系の人が語ったWebの話
は“専門家”による話になるんでしょうかね?
プランナー系の人が語ったヴィジュアルやデザインの話
は“専門家”の話になりますかね?
もちろん「まったく参考にならない、いい加減な嘘っぱちだ」などとは言ってませんし、
逆に参考になる事も多くあると思います。ですが、あくまで
”その人の立ち位置から見て”の話
だということを、聞く側は頭の片隅においておく方がいいと思いますよ。
騙されたり、偏った意見を信じ込んで失敗しないためにも。
それは“ブランディング”だけの話じゃなくて、いろんなことについて言えること
なんですけどね。
個人あるいは小規模の会社での場合には、社外のスタッフとチームを組み
どうように担当の人間がいるわけです。
つまり、あなたの前にいる“ブランディング全体”について話している
(全体をまとめている)人は、かならず何処に立って全体を見渡した上で話している
というわけですね。で、同じ“ブランディング”という範囲の話だからと言って、
インテリア系の人が語ったWebの話
は“専門家”による話になるんでしょうかね?
プランナー系の人が語ったヴィジュアルやデザインの話
は“専門家”の話になりますかね?
もちろん「まったく参考にならない、いい加減な嘘っぱちだ」などとは言ってませんし、
逆に参考になる事も多くあると思います。ですが、あくまで
”その人の立ち位置から見て”の話
だということを、聞く側は頭の片隅においておく方がいいと思いますよ。
騙されたり、偏った意見を信じ込んで失敗しないためにも。
それは“ブランディング”だけの話じゃなくて、いろんなことについて言えること
なんですけどね。
3月 06, 2010
Who are you?
前のポストで、自分たちが何のプロフェッショナル(“専門家”)かが
大切じゃないか?と書いたんだけど、普段、私の周りでは
“専門性”のウケは、あまり良くないって感じですかね。融通が利かないのだそうで。
「ある専門性に特化すると、幅が狭くなるためニーズが少なくなり、
仕事の受注に障害がある」
と。 その思考の結果、何となくおおざっぱで曖昧に
「何でも出来ます」
と、なるべく競合と差別化しないようにして自分あるいは、自分たちを売る事に
なるんですが、それが正しいとすると、実際に自分あるいは自分たちの専門性を、
本当の意味で拡げないといけないと言うことになりますよね?
ま、本当にそうするのであれば何も問題ないんですけど。
選ぶ方だって、パートナーとしてプロフェッショナル、つまり“専門家”を求めて
いるのだったら、実際に違ったら気付きますよね? でも、
「また新しい人や会社を探したり、仕事の流れを説明し直すのが面倒だから」
「本当に専門性を持った人や会社は高そうだから」「融通が利かなそうだから」
などなど、そんな理由から惰性でつきあっているってことも有るかもしれません。
でもそれって、もともと
専門家なんか求めていなかったって事?
なんでしょうかね?
ところで、皆さんが仕事でつきあっているパートナーは、みんな“専門家”ですか?
というか、あなたは“専門家”が必要だと思っていますか?
自分が出来ないから「ただそれが“できる人”であれば“専門家”じゃなくても
いいんだけど」って感じ?
大切じゃないか?と書いたんだけど、普段、私の周りでは
“専門性”のウケは、あまり良くないって感じですかね。融通が利かないのだそうで。
「ある専門性に特化すると、幅が狭くなるためニーズが少なくなり、
仕事の受注に障害がある」
と。 その思考の結果、何となくおおざっぱで曖昧に
「何でも出来ます」
と、なるべく競合と差別化しないようにして自分あるいは、自分たちを売る事に
なるんですが、それが正しいとすると、実際に自分あるいは自分たちの専門性を、
本当の意味で拡げないといけないと言うことになりますよね?
ま、本当にそうするのであれば何も問題ないんですけど。
選ぶ方だって、パートナーとしてプロフェッショナル、つまり“専門家”を求めて
いるのだったら、実際に違ったら気付きますよね? でも、
「また新しい人や会社を探したり、仕事の流れを説明し直すのが面倒だから」
「本当に専門性を持った人や会社は高そうだから」「融通が利かなそうだから」
などなど、そんな理由から惰性でつきあっているってことも有るかもしれません。
でもそれって、もともと
専門家なんか求めていなかったって事?
なんでしょうかね?
ところで、皆さんが仕事でつきあっているパートナーは、みんな“専門家”ですか?
というか、あなたは“専門家”が必要だと思っていますか?
自分が出来ないから「ただそれが“できる人”であれば“専門家”じゃなくても
いいんだけど」って感じ?
でも、自分に無い専門知識や専門技術、能力をその人なり会社なりが持っているから
専門家と組みたいわけですよね?
そういう意味では、何かのオペレーターも専門家ですし、
そのことに、ただ馴れてる人も専門家?
(ま、定義としてちょっと語弊が有るかも知れませんが)
ということで“専門家”にはいろんなレベルの“専門家”がいるって事で考えてみてください。“専門家”じゃない人や会社とつきあうメリットなんて、よっぽどじゃなきゃ無い
って事になりますね。
だってものを買うのに、わざわざ役に立たないもの買わないですよね。
でも、単なる何かのオペレーションの“専門家”が、企画や設計が出来ますかね?
専門家と組みたいわけですよね?
そういう意味では、何かのオペレーターも専門家ですし、
そのことに、ただ馴れてる人も専門家?
(ま、定義としてちょっと語弊が有るかも知れませんが)
ということで“専門家”にはいろんなレベルの“専門家”がいるって事で考えてみてください。“専門家”じゃない人や会社とつきあうメリットなんて、よっぽどじゃなきゃ無い
って事になりますね。
だってものを買うのに、わざわざ役に立たないもの買わないですよね。
でも、単なる何かのオペレーションの“専門家”が、企画や設計が出来ますかね?
無理矢理やらせたって、時間はかかるし、出来は全然だしで、
まぁ、あまり良い結果は出ないですよね、大概の場合。
代用にも限界があるというわけですよね? 企画や設計を頼むなら企画や
設計の“専門家”を探さなくちゃなりません。当たり前のことなんですけど。
殆どのことに関して同じことが言えるんじゃないですかね? で、もしかしたら、
本当に新しく“専門家”を探す必要が有るのか?から検討しなきゃならないかも
しれませんよね。 今つきあっているパートナーが、本来どんな専門性を持っているのか、
それをちゃんと認識してるかどうかですけど。”専門家”を選ぶ側が、その専門性を
しっかりと把握し、そのつきあい方を、それに適したものに変えるだけで、
仕事は効率も結果も全然変わってくことになりますよね。
いずれにしても「何でも出来る」には気をつけた方がいいかと。
そのパートナーの本来持っている専門性を見えなくしてしまっている可能性も
高いですし“代用”させるために?わざと見えなくしている可能性も有りますからね。
それと、もう一つ。
もし「本当に何でも出来そうだ」と見えたとしても、そのパートナーが、
どういう視点から、“なんでも”(全体)を捉え、どう実行しているのか?
ってことで、“出来る”という言葉の意味も変わって来ると思いますしね。
まぁ、あまり良い結果は出ないですよね、大概の場合。
代用にも限界があるというわけですよね? 企画や設計を頼むなら企画や
設計の“専門家”を探さなくちゃなりません。当たり前のことなんですけど。
殆どのことに関して同じことが言えるんじゃないですかね? で、もしかしたら、
本当に新しく“専門家”を探す必要が有るのか?から検討しなきゃならないかも
しれませんよね。 今つきあっているパートナーが、本来どんな専門性を持っているのか、
それをちゃんと認識してるかどうかですけど。”専門家”を選ぶ側が、その専門性を
しっかりと把握し、そのつきあい方を、それに適したものに変えるだけで、
仕事は効率も結果も全然変わってくことになりますよね。
いずれにしても「何でも出来る」には気をつけた方がいいかと。
そのパートナーの本来持っている専門性を見えなくしてしまっている可能性も
高いですし“代用”させるために?わざと見えなくしている可能性も有りますからね。
それと、もう一つ。
もし「本当に何でも出来そうだ」と見えたとしても、そのパートナーが、
どういう視点から、“なんでも”(全体)を捉え、どう実行しているのか?
ってことで、“出来る”という言葉の意味も変わって来ると思いますしね。
3月 04, 2010
魔法のキーワード
最近“コミュニケーション・デザイン”という言葉があちらこちらで聞かれます。
なんか、この言葉に対する周囲の反応が、以前の“ブランディング”に対するものと
似ているように感じるんですよね。
どういうことかって言うと、“ブランディング”という言葉が聞かれ始めて
しばらくすると、各広告会社ともいっせいに
“ブランド”“ブランド”と唱え始めたわけなのですが、今回はそれが
“コミュニケーション・デザイン”とに、そのまま変わったっていう感じ?
でも、その殆どは自分たちの売りものを売るためのダシとして使われているようにしか
聞こえないんですよね。ま、そこも“ブランディング”の時と一緒なんですが。
まず“ブランディング”についてですが、どんなに優秀な専門家のいる
ブランドコンサル・ファームに任せてあっても、それで全て解決出来る類のものじゃ
ありませんよね。
ブランドコンサルは、あくまでもコンサルタント。
もちろん実施の部分でも社内教育やヴィジュアル・イメージ
(ロゴやヴィジュアル・アイデンティティ、オフィスやインテリアなど)、
コミュニケーション戦略など、お手伝いをしてはいますが、基本は、
その企業自体が重要性を理解し、主体となって進めなければ意味がないものです。
で、“コミュニケーション・デザイン”なんですけど。要は“ブランディング”の中の
コミュニケーションに関する部分って感じなんですけどね。
まぁ、もともと常に耳新しいキーワードを持ち出してお客さんの興味や焦り?を喚起し、
いろいろと売り込もうとするのはどこの業界にも有るんですけど、
あまりわからないままに、こういう言葉だけを使うもんだから最終的に
自分たちが信頼を失ったりするんですよね。
大きい広告会社なんかは、
「◯◯って一口に言ってもその範囲はとてつもなく広いし、やらなきゃいけないことも
すごく沢山有るんですよ。ウチに任せていただければ、その個別の課題に対して、
もっとも適切な専門家を集め進行することが出来ますし、なによりも全体を、
お客様の手を煩わすことなく一括管理いたしますので、コンセプトからぶれる事も無く
ゴールへと向かって進めて行く事が出来ますよ」 と。ま、単に
「ウチで仕切らせてくれ」という事なんですけどね、そういう事を言い出すわけです。
となると、そこまで大きくない?力の劣る?会社も
「負けてはいられない」というわけで、
「これからはコミュニケーション・デザインだ!」
と、かけ声がかかり、
「ウチも、最近は“コミュニケーション・デザイン”という考え方をとりいれ、
お客様に“総合的に”ご提案し始めているのですが〜」 とね。
ま、言うのは良いんですが、総合的になんか出来る訳も無く、
ただ上っ面をなでただけで終わってしまっていたりで、
そうなるとお客さんの方でも「?」って感じで、段々信用しなくなって来るわけですね。
本当に大切なのは「何でも出来ます!」じゃなくて、例えば
“コミュニケーション・デザイン”なら、その中のどの部分に、
自分たちがプロフェッショナルとして責任を持つのかを明確にすること。
自分たちがなんのプロフェッショナルか?
ってことじゃないですかね。
なんか、この言葉に対する周囲の反応が、以前の“ブランディング”に対するものと
似ているように感じるんですよね。
どういうことかって言うと、“ブランディング”という言葉が聞かれ始めて
しばらくすると、各広告会社ともいっせいに
“ブランド”“ブランド”と唱え始めたわけなのですが、今回はそれが
“コミュニケーション・デザイン”とに、そのまま変わったっていう感じ?
でも、その殆どは自分たちの売りものを売るためのダシとして使われているようにしか
聞こえないんですよね。ま、そこも“ブランディング”の時と一緒なんですが。
まず“ブランディング”についてですが、どんなに優秀な専門家のいる
ブランドコンサル・ファームに任せてあっても、それで全て解決出来る類のものじゃ
ありませんよね。
ブランドコンサルは、あくまでもコンサルタント。
もちろん実施の部分でも社内教育やヴィジュアル・イメージ
(ロゴやヴィジュアル・アイデンティティ、オフィスやインテリアなど)、
コミュニケーション戦略など、お手伝いをしてはいますが、基本は、
その企業自体が重要性を理解し、主体となって進めなければ意味がないものです。
で、“コミュニケーション・デザイン”なんですけど。要は“ブランディング”の中の
コミュニケーションに関する部分って感じなんですけどね。
まぁ、もともと常に耳新しいキーワードを持ち出してお客さんの興味や焦り?を喚起し、
いろいろと売り込もうとするのはどこの業界にも有るんですけど、
あまりわからないままに、こういう言葉だけを使うもんだから最終的に
自分たちが信頼を失ったりするんですよね。
大きい広告会社なんかは、
「◯◯って一口に言ってもその範囲はとてつもなく広いし、やらなきゃいけないことも
すごく沢山有るんですよ。ウチに任せていただければ、その個別の課題に対して、
もっとも適切な専門家を集め進行することが出来ますし、なによりも全体を、
お客様の手を煩わすことなく一括管理いたしますので、コンセプトからぶれる事も無く
ゴールへと向かって進めて行く事が出来ますよ」 と。ま、単に
「ウチで仕切らせてくれ」という事なんですけどね、そういう事を言い出すわけです。
となると、そこまで大きくない?力の劣る?会社も
「負けてはいられない」というわけで、
「これからはコミュニケーション・デザインだ!」
と、かけ声がかかり、
「ウチも、最近は“コミュニケーション・デザイン”という考え方をとりいれ、
お客様に“総合的に”ご提案し始めているのですが〜」 とね。
ま、言うのは良いんですが、総合的になんか出来る訳も無く、
ただ上っ面をなでただけで終わってしまっていたりで、
そうなるとお客さんの方でも「?」って感じで、段々信用しなくなって来るわけですね。
本当に大切なのは「何でも出来ます!」じゃなくて、例えば
“コミュニケーション・デザイン”なら、その中のどの部分に、
自分たちがプロフェッショナルとして責任を持つのかを明確にすること。
自分たちがなんのプロフェッショナルか?
ってことじゃないですかね。
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