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8月 21, 2012

少しは考えろ!


ちょっと前に、「いつまでも考えてないでやれ」というタイトルで記事をポストしましたが、もちろん、それとは逆に「少しは考えろ!」と言いたくなる様なシチュエーションもかなりあります(笑)。

ま、本当に何も考えないでただやっちゃったんだなぁと思うものもあるのですが、たいていの場合、何かは考えてるはずだと思うんです、その人なりに。

とすると、その人は “ピントのずれた事を考えている” か、“考えが浅い” か、ということになります。
でも、全部が全部それで片付いちゃう問題なのでしょうか?

ちょっと思い出して下さい。ある人が「少しは考えろ!」と言うとき、だいたいその前後に「これは元々こういうもので、今回の場合こうしたいんだから云々」というような大前提の話が出て来たりしませんか?
言われた方は「それ初めて聞いたんですけど。。」みたいに感じるものが。

この場合「少しは考えろ!」って言う方は、このことを、ちゃんと最初に言ってあったんでしょうか?言った気になっているだけってことはないでしょうかね?

これは実は仕事のオリエンも同じなんです。相手に “考えて” 仕事をして欲しい場合、もっともちゃんと伝えなければならない、決めなければならないのがこの前提。つまり様々な条件なんです。
伝える側なら出来ればシートとかに纏めて、オリエンを受ける側なら必要項目をメモしておいて話に出てこなかった部分は質問しなければなりません。
この部分で不明になっている事が多くなるほど、いくら一生懸命考えたところでピントのずれたもの、考えの浅いものが出来てしまうというわけです。

その会社や製品のおかれた環境や状況、ターゲット、直接メッセージを伝えたいと思っている相手、その人たちがこのメッセージに触れると想定している場所、得たい効果、そして、これが一番難しいのですが、業界では当たり前の常識になってしまっている部分など、これらのような前提条件を出来るだけクリアにし共通認識して、話が噛み合わないままお互い無駄な時間を費やす事のないようにすることが、ものすごく大切なのです。

7月 29, 2012

そうデザインしてある理由


提案したデザインの一部に変更の指示が入りました。 赤字の内容から指示の意図を想像し訂正を加えて再度提案したのですが、どうもこちらが想像した意図とは違っていた様です。
ま、最初の時点でその意図をきちんと聞けてなかった自分たちも悪いわけですが、改めて確認してみると「とにかく最初のものと見た目が変っていればいい」ということです。突き詰めると、変更しなければならない理由は、その担当者の「上司がそう言ったから」、とにかく見た目が変っていれば、どう変えても構わないということになります。

私にはちょっとそんな事は信じられません。

私との窓口になっている担当者は、もしかしたら単に上司の “気分” で、そういう指示が入ったと思っているのかもしれません。
確かにそういう傾向の、所謂テキトーな赤字が入る事は稀ではありませんが、それにしてもその時その赤字の理由を一応でも聞いてみたのでしょうか。
きっと、窓口の担当者も、デザインに “意味” などというものが有るとは、あまり深く考えてないのでしょう。

人によっては、もしかしたら「デザインに意味があることぐらい当然分ってるよ」と言うかもしれません。でもそれは、あくまで、分っているというより、知っているという類のものなのではないでしょうか。なんとなく知識として知っているという感じ。

でも、それは単に情報の1つとして聞いた事や読んだ事があるとしても、あまり役に立たないのではないかと思います。

何故そのデザインになっているのかは、どういう効果を期待された設計なのかというところまで理解してはじめて大切な事になるのであり、単に審美的なものやデザインの表現の技術的な理由からくるものだけではありません。
制作者の個人的な勘や経験に拠るところはあるにしても、そのマーケティング的な戦略を担う上で、なるべく大きい効果を得るために「こうなっているべきだ」というものもあるということです。

そのレベルでの検証が加えられた結果としての修正依頼なのか。であればそれに対し、どう考えるから修正が必要だと思っているのかがないと、どう修正する “べき” か?という判断は出来ません。そこには正解がないからです。

その事を理解していれば、上司から意見を言われた際もその理由をきちんと聞けるでしょうし、前もって現状なぜそうなっているのかというデザインの意図もある程度は説明出来るでしょうから、理由の無い、つまり “意味の無い” 修正をいくらかでも避けることが出来るのではないでしょうか。

もちろん理屈じゃ避けられない正真正銘気分屋でテキトーな上司がいるケースもある事は承知ですけど(笑)

7月 06, 2012

“それ” じゃなくて良い事


何に関してもですが、よく考えてみると “それ” でなくて良いものって意外とありますよね。

例えば、習慣となってしまい、もう既にいちいち考える事なくやっていることや、理由は曖昧だけどルールとしてそう決められている事の中に、そういう発見が見つかったりするのではないでしょうか。

それらが “なぜ” そのやり方で行われているのか? “なぜ” そのツールを使って行われるのか?等の根本的な本来の目的に立ち返ることで、時の流れとともに、それが始められたときの意図とずれて来ているにも拘らず手法や手順だけがそのまま形式化されて残ってしまっているものを発見するという、所謂「常識を疑え!」的なやつですね。「だったら、こっちの方がいい」という改善です。

その改善に繋がる発見に “意外性” という要素が加わったとき、その解決策は “ヒラメキのある” とか “アイデアがある” なんて言われたりします。

その発見に気付く為に必要な事が前述した「本来の目的」です。
要はこの目的がぼんやりと霞んで見えなくなってしまっている事が問題で、実はそういうのって周りにいっぱいあるんですよね。

この問題の改善に参考になるものの一つに、横田 尚哉さん著『ワンランク上の問題解決の技術(実践編)』という本があります。2008年に出版された本で、この本を初めて読んだ時には、普段、ディレクター、またはデザイナーとして、自分たちが考えずに何となくやっている事を理論的にきちんとプロセスとして体系立て説明されている事に驚き、また「ふつうに普段やってるよ」と思うような事でも、そのようにして説明をつける事で初めて、ムラのない、本当に使えるものに出来るんだなぁと思ったのを憶えています。

さて、本来の目的をきちんと見つめなおす事で、おのずと、それらが本当に必要な事か?それでなければならないのか?の答えが浮かび上がって来ると思いますが、そのとき自分は、どんなレベルの “それ” じゃないものを提示する事が出来るか。レベルがある意味上がると今度はそこが課題になってきます。

これに関しては、私たちは普段から色々なケースやパターンを蓄積し、出来るだけ多くのものを自分の引き出しに、いつでも取り出し可能な形でしまう様にする他ありません。
ポイントは取り出し可能な形というところなのですが、その蓄積してある情報が “どのような目的を果たせるものなのか?” という、出来るだけ大きく分類された目的別のラベルを貼って記憶することで、いざという時に取り出しやすくしておくのが良いのではないでしょうか。

やはりここでも大切なのは “目的” なんですね。

6月 27, 2012

先入観と刷り込まれたイメージ


気をつけよう気をつけようと思ってはいても、気付かないうちに、先入観やそれまでに何処かで刷り込まれたイメージによって物事を判断してしまっているときがあります。

私の仕事でも、目立たせたいから文字を “赤く” とか、“大きく!” というようなデザインに関する要望の多くが、先ほどの “先入観” や “刷り込まれたイメージ” から判断されたものだったりします。

まぁ、確かに目的を犠牲にして必要以上に品良く小さい文字で表記されていても「なんだかなぁ」と思ってしまうのもしょうがないかなとは思います。
簡単に言ってしまうと、基本的に全体の雰囲気とバランスが文字を含めた各パーツの所謂適正な大きさを決めるわけですが、その全体の雰囲気というのはあくまでも目的に沿ったものである必要がありますからね。

とりあえずここでは、その全体の雰囲気は目的にかなったものになっていると前提して話を進めます。

例えば “あるものを目立たせる” ということに問題をフォーカスすると、あるものが目立つ為には、その、あるものと他のものとのコントラストが一番重要になります。所謂地と図の関係ですね。
極端な例で言うと全体的に赤っぽい背景の上にいくら “大きく” “赤い文字” が乗っていてもそれはさっぱり目立たないというやつです。

まぁ、ここまで極端な例だと流石に誰もが言われるまでもなく気付くわけなんですが、もうちょっと事情が複雑になると、この手の要望が頻繁に入ってくる様になるんです。

要望を具体的にして、分りやすく伝えようとしてのことなのでしょうが、実は、要望を無理矢理具体的にしようとするあまり、このように先入観やそれまでに何処かで刷り込まれたイメージだけを元に、そういう言葉にしてしまっているのだと思います。

こういう時いつも思う事なのですが、具体的な指示というのは、なにも、何々を赤くとか、どこそこを大きくとかではないのです。
ある程度経験を積んだしっかりしたデザイナーに頼んでいれば、一番言いたいメッセージは何で、それに接する人にはどんな反応を期待していて、どんな印象を持たれるのが最も好ましいか?といったところをはっきりさせた上で、どのような部分に不足を感じているのか?という事をきちんと伝えた方が余程、最短距離で望んでいる効果をもったものを提案できるはずなのですが。。

少なくても、先入観や前もって何かで刷り込まれた、もやっとしたイメージで要望を出さない様にするだけでも、本当にデザインの力が活かされたものが出来るはずだと思っています。

6月 21, 2012

縄張り意識


縄張り意識ってすごいなぁと思います。

意識してやってる場合もあるでしょうし、逆に無意識に(本能的に?)やっている場合もあるとは思いますが、自身が “自分の領域” だと認識している部分を他人が少しでも侵犯したと思ったら、それが理にかなった意見だろうが、どんなに自分たちにとって得な提案だろうが、おそらくその意見が通る事はないですよね。

体面の方が大切なんでしょうね。

会社組織で領空侵犯めいたやりとりを起こさない為にはどうすれば良いんでしょうね?
多分社長に領空侵犯はないでしょうから、他部門の組織にまたがる問題については、社長自らがやるのが一番良いですよね、当然。
組織が大きすぎてなどの理由で「とてもじゃないけど全部を社長自らなんてできない、そうでなくても忙しいんだから」なんて場合には、社長の代理としてそのような業務を遂行する部署があれば良いでしょうか?社長直轄の部署になりますかね。

規模の大きさによる難しさは当然あると思います。また、人間のそもそもの本能というのでしょうか?そういった事も、このような事がおこる原因として有るんだろうなぁというのも想像出来ます。
ですが、例えそのような理由が多々あるにしても、というか、あるからこそ、先ずは全員が同じ方向を向くべき、会社としての目標・ゴールを設定し、それを最優先事項として認識し行動すれば、部署間の壁から生まれる無駄なロスを、少しは避ける事ができるのではないでしょうか。

4月 10, 2012

堂々巡りからの脱出


堂々巡りの議論になってしまう人、いますよね。ある本では、”型にはめる” という教育を受け、それが染み付いてしまった(本人は自分で考えているつもりでも実は違う)人に多く見られると言っているのですが、その本についてはまた別の機会に。
この ”型にはめて考え” てしまうというのは、目の前に有る問題を、既に自分の頭の引き出しの中にある ”型” のどれかに無理矢理はめて解決しようとする事で、つまり、当該の問題に適合した新しい ”型” を、元々引き出しにあった ”型” から考え出すといった応用力が無いという事かと思います。

じゃあ、応用を利かすには?
勿論 ”考える訓練” というのが必要だというのは、その通りだとは思いますが、同時にある前提を共有出来ているか?というのも大切になってくるのではないでしょうか。

それは、その議論を行う目的であり、その目的が設定された理由です。

具体的に説明するにあたって、まず、堂々巡りにはどんな種類のものがあるか考えてみました。

1. 自分たちでは直接解決出来ない問題が障壁になっていて、その周りをぐるぐるまわっているというもの。
2. いつの間にか ”目的に向かう”ことから反れ、そこに到達する為の ”やり方・進め方の善し悪し” あるいは ”その手法に対する、それぞれの好み” の話になってしまい、どこまで行っても折り合いがつかないといった様なもの。
3. そもそもゴールを明確に決めないまま(これはゴールが無いのではなくゴールを決めないという問題)、議論を進めてしまっている場合に、それぞれが好き勝手なゴールに向かって考えを進める為いつまでも纏まらないというようなタイプのもの。などなど。

これらは全て、ゴールの共有の問題ですよね。
ただ、1つ目の問題に関しては、それを共有する時に、”なぜそのゴールに向かわなければならないのか?” という部分まで一緒に共有出来ているか?というところが大切になってきます。

”自分たちで直接手が下せない問題が、そのプロジェクトの障壁になっている” 問題の場合、

A. その障壁を崩す為の間接的な手法を探す。
B. その目標自体をちょっとずらして、その障壁を回避して到達出来るものに変更する。
C. プロジェクトの遂行自体を諦める。

などが考えられると思うのですが、この様な選択肢の中でああでも無いこうでも無いとなっている事が多いのではないでしょうか。先ずは、その3つの選択肢の内のどれか1つに絞れるだけでも全然違いますよね。

そして、そこを判断するには、”なぜ、そのプロジェクトをやろうという事になったのか?” という理由が議論する全員に共有されている必要がある訳です。

明らかに、止めてしまっても何の問題もないプロジェクトだったら、さっさと止めるのが良いかもしれません。また、実はプロジェクトの細部にくっついてきている条件はあまり拘る必要のないものであり、その結果さえ達成出来れば問題無いという性質のものであれば、それらの邪魔な条件を取り払ってしまう事で全然見通しが変って来るかもしれません。
どうしてもその条件で目的を成功させなければならない種類のものでしたら、どうにかしてその障壁を取り除く方法を考える事にみんなで集中した方がいいですよね。

これらは、ゴールと同時に、何故そのゴールに向かっているのか?という理由を分かっている事で判断できるようになる部分ですもんね。

2つ目の ”ゴールを見失ってプロセスの部分で迷宮に入るパターン”  や、3つ目の ”そもそもゴールが明解になっていない” というのも、ゴールの共有と同時に、そのゴールに向かわなければならない理由も共有しなければ、結局1つ目と同じところに迷い込んでしまう可能性があります。

何故そのゴールに向かおうとしているのか?という理由も共有されてはじめて、”ゴールを明解にした” と言えるのかもしれませんね。

7月 18, 2011

目的・ゴールの勘違い

“なぜ今、その広告あるいは販促キャンペーンをするのか?" 
"なぜ、そのツールが必要なのか?”

これらの理由には、そのキャンペーン単独の目的と、
それを含めた全ての活動を通じて達成しようとする
会社としての中・長期的な目的があります。

本来、

それらを明確に把握出来ているからこそ、その先の広告や販促などの
コミュニケーション活動という "手法" の詳細を計画出来るわけですし、
更にその先の表現の方向性について、意味のある検討が出来る

わけです。

これら、最終的なゴールが自分の中で明確にされないまま、目の前の業務だけを
“とりあえず” 進行してしまっているということはないですか?
そうなると、自分が何をやっているのか、さっぱりわからなくなり、やっていることが
正しいか間違っているかの判断も出来なくなりますよね。
ただ上司やお客様の言ったことへの反応としてだけ動くことになってしまいます。
これでは、どうしても上司やお客様に、振り回されているような感じに
なってしまいますし、効率も非常に悪くなるのは当たり前ですよね。

また、その状態では貴方のアイデアを差し込む余地など無く、単に作業をしているだけ
ですので、どうしても貴方にお願いする必要が有るものではなく、いつでも他の人に
代えられる価値の低い仕事になってしまいます。

ところで、本当に目的やゴールを意識しないまま、何かのプロジェクトを進める、
あるいは関わるなんて可能なんでしょうか?

「誰しも何かしらの目的・ゴールを持っているに決まってる」

と言う方もいるかも知れません。

しかし目的やゴールを認識しないまま、なんなりかのプロジェクトに関わり
業務を進行している人は確かにいます。ただ、その人たちは、そのプロジェクトの
目的を捉えているのではなく、別のものをその目的・ゴールと一緒くたにして

"自分は目的を理解している" と勘違いしている可能性があるのです。

例えば "上司やお客様のために役立つ事" "上司やお客様に喜んでもらう事" という様な、
関係づくりのための、ある意味その人の個人的な目的・ゴールの様なものと一緒くたに
なっていたりします。

もちろん単に手足のように働き汗をかくという部類のものも大切なことですが、
それで最終的に上司やお客様に喜ばれるという結果を得たとしても、
それは、コミュニケーション戦略の立案・実行の上で必要だと私が言っているゴールとは
全く別物であり、この作業においてはプロジェクトの目的やゴールを共有して
いなければ、それは、目的を把握せずに活動しているということになるのです。


7月 13, 2011

表現はメッセージ

前回、発注者が自分のイメージの表現を実現するために、
"自分たちの制作物に馴れているクリエイターを使う"

ということだけで、その問題を解決しようとする場合、
結局あまり、うまくいかない事が多いということを書きました。

単純に表面上の表現のテイストだけ合わせるなら 

それこそ "馴れ" があれば、ある程度の "勘" を働かせて、
なんとか好みのものを作れるのかもしれません。

しかし、伝えるべきメッセージが見当違いの方向を向いていたら?

その場合、いくら表現のテイストが好みに合っていようと、

"ちょっと違う" "ピンと来ない" ものになるのは当然ですよね。

これは、よくあることなんですが最終的な表現部分の話と、根本的な伝えるべき
メッセージの話がごっちゃになってボンヤリと語られている状態なんです。

”誰に対して、どの部分を売りにしたいのか?" "結果としては何を得たいのか?" 

という部分は、製品やサービスによって同じではない事の方が圧倒的に多いわけで、
その "メッセージの前提" の説明が何も無く、想像でものを作るというのは、
どんなに優秀な、あるいはそのクライアントに馴れているクリエーターであっても、
ほぼ賭けのような状態で作っているというのが実情であり、たとえお客さまから
「さすが、わかってますねぇ」などと褒められたとしても、

それは単に賭けに勝った
という話でしかないですからね。

もし、時間が本当にない仕事なら、最初の打ち合わせに少し時間が多めにかかっても、
決して曖昧にせず、ハッキリとクリアにしておくことが、結果的に時間も労力も
節約出来、お客様の "イメージ" どうりのものを作ることを可能にするのです。

私たちがやっているのはビジネスであってゲーム(賭け)ではないのですから。


7月 12, 2011

前提を共有する

ところで、私は仕事上よく

「この件は時間もないし、勘が良くてパパっと作れる人
じゃないと難しい」

というオーダーを聞かされます。
これは、どういう事だろう?と思ってよく聞いてみると、

"ほとんど説明をしなくても、だいたい言いたい事をわかって貰え、なおかつ、
クライアント好みのテイストでデザインやコピーをあげてくれるクリエーター" 

というような意味になるようです。

ところが、大体このような言葉が出て来るオーダーでは、
説明は "ほとんどしない" ではなく "まったくしない" といったものが多く、要は

「あらためて一から言わなくても大体わかってますよね?ちょっと想像を働かせて 
"らしい感じ" に作っちゃってください」

って感じなんでしょうか。しかし、だからといって完全に "お任せ" なんてことは
まったくなく、多くの場合こちらが提案したものに対し

「う〜ん、イメージと違うんだよなぁ」

なんて不満を表明されたりします。悪くすると、

「やっぱり、おたくじゃ全部指示しないとダメか。。」

なんて嫌みを言われたり、最悪の場合は単に、

「ぜんぜんわかって無いね」

ってことで、ばっさり切られたり?という場合もないわけじゃありません。

確かに一から全部説明しなきゃならないのは大変なことです。
が、私たちがお客様から聞きたいのは、一から全部というわけではありません。
基本的な情報であればネットからでもある程度収集出来ます。
そうではなく、私たちは

今回のプロジェクトの背景、目的、ゴールが知りたいのです。

6月 30, 2011

意思とイメージと選択肢

「これしかないの?」「選択肢が欲しい」
「もっと他に無いんですか?」

お客様に提案した席で、この類の言葉をいただく時があります。
これには単に "社内の承認を得る手続き上、複数案欲しい"
という場合と、"提出された案にピンと来てない" という場合が
あります。前者の場合は更に

"単にデザインのバリエーションでいいから選択肢として複数欲しい" 

という場合と、

"発信したいメッセージに対し、様々な角度からの表現アプローチ案がもっと欲しい" 

という場合。また更に

"発信するべきメッセージ自体に別の考え方がないか?"

というレベルのものまであります。
それらの各レベルは、先方からのオリエンテーションの内容や、その後の打ち合わせ、
提案したものに対するフィードバックの内容で、ほぼ分かるのが普通なのですが、
まれに大きく勘違いして受け取ってしまい、再提出時になってそのことが判明する
といった事もなくはありません。

そういう事態を避けるために、受け取る方は、初めから "このレベルの修正の話" と
勝手に前提せず、 その都度、それがどのようなレベルの話されているのかを確認する
ことが大切になります。

それは、我々の様な外部の協力会社とお客様との関係の中だけの問題ではなく、
それぞれの社内のコミニュケーションにおいても非常に重要なことです。

そして、もっと注意すべきことがあります。

ゴールを設定できないまま、オリエンテーションを行ったり、そのまま
受けてしまったりした場合です。

この場合、そもそも最初から何も絞られてないわけで、制作側としては、
制作者としての見解の中で最も効果的であろうと思われる方向に絞った上で、
違う表現のアプローチをいくつか提案する事になります。
そして、そんな時に出て来やすいのが、やはり
「他になんかないんですか?」なんですね。

もちろんそれは、
お客様が、制作者から提案されたものに対して "ピンと来ていない" 
ということなのですが、ピンと来ない理由の大きな部分は、

そもそもの "ゴール" が
両者の間で明確になっていないということ

が大きかったりするんです。

方向を絞らないまま、アイデアを出すということになると、その様々な方向の
根本的なメッセージの検討に始まって、更にそれぞれに表現アイデアのレベルでの
様々な可能性を探らなければならないわけですから、それこそ、かなりの時間と
コストがかかってしまいます。

多くの一般的なプロジェクトは、そのような時間もコストもかけれないのが殆ど、
もっとお互い効率よく進めなければならない場合に、それはロスでしかありません。

それを避け、定めたゴール=結果に向かって効果的なアイデアと
表現アプローチを得るために、オリエン(スタート=発注)の時点で、
そのプロモーションの "ゴール" というものを、両者でしっかりと確認しておく
ということが大切なんですね。

6月 28, 2011

現在地の正確な認識

私自身、今まで何度も書いてきましたし、
普段も皆さんよく聞くことだと思いますが、
“ゴールの設定“ “ヴィジョン” は、
とても大切なことです。

ですが、もう1つ。
“ゴールの設定” “ヴィジョン“と同じくらい大切で、これがなければ、
いくら “ゴールの設定” をしても、“ヴィジョン“ を打ち出しても、
ほとんど役に立たなくなることもあるくらい重要なことがあります。
それを書くのを忘れていました。
一般的にも、前者に比べ、こちらはそんなに
語られることが多くない気がします。

それは、


自分の立っている現在地を、きちんと認識すること


です。


いくらゴールやヴィジョンを設定しても、自身の現在地を同時に把握できてなければ、

そこへ行く方角も方法も具体的にならず、ただただ曖昧なものでしかありませんからね。

自分がどこに立っているのかを正確に理解しているからこそ、

その設定されたゴールやヴィジョンに向う為に、
今、自分は、どうしなきゃいけないのか?何をしなければならないのか?などの
課題とその解決方法を見つけ、具体的に行動に移せるのだと思います。



6月 15, 2011

対象(ターゲット)の住む世界を感じる

これまで私が、”対象(ターゲット)を理解する“から始まる
いくつかのエントリーで書いてきた”城壁のなかに入り、
中に住む人たちの世界(空気感や生活、日常など)を掴み、
共通言語で会話が出来る様にすることが大事だ”ということに
共通するエピソードを、
先日、知人のアートディレクターから聞きました。

『今までで一番やさしい経済の教科書(ダイヤモンド社)』や
『学校で教えてくれない「分りやすい説明」のルール(光分社新書)』などの
著者、木暮太一さんは、

学生向けの本を執筆する際には学食に、
主婦向けの本を書く際にはスーパーに、
サラリーマン向けの本を書く際にはマクドナルド(笑)に、
なんと、まる一日中張り込んだとか。

もちろん一日だけの話ではなく数日通ったのだと思います。
いや徹底してるというか、ほんと凄いと思います。

それも全て対象のことを出来るだけ理解し、
相手に伝わる本を執筆するためなんですよね。


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※上記の内容が掲載されている御崎栄一郎さんのポットキャストのリンクです。
他にも面白い話がたくさん掲載されていますのでぜひこちらも覗いてみてください。

6月 29, 2010

最終的にどこに行きたいのか?

広告など、企業が何らかのメッセージを 発信する場合、
受け取って欲しい人が誰で、どんな人かというのはもちろんですが、

何のために発信されるのか? 誰のために発信されるのか?

といった、ゴール、つまり“目的”や“目標”も同じように大切です。

「そんなの当たり前じゃない」

って思うかもしれません。
でも、一見当たり前のこのことが、 普段意外と見失われがちだったりするんです。

例えば、既に日常の仕事としてルーティン化されてしまっているもの。
人って、そういうものには、あまり疑問を抱かなくなりますよね。
定期的に繰り返してやっているうちに、いつの間にか元々あった、
そのメッセージを発信する本来の目的が忘れられちゃったり? 冷静に考えてみると、

「なんで私たちは“今”この媒体を使って、このメッセージを発信しているんだろう?」

てことも有るかもしれませんよね。
そういう意味でも、当たり前になっていること、普通だと思っていることは、
もう一度、見直した方がいいのかもしれませんね。

ちなみに、ここで言っている”ゴール“っていうのは、
単に発信するものの(そのコミュニケーションにおける) “ゴール”(期待する結果)
じゃなくて、お客さんの

ビジネスにおける“ゴール”(目標・目標)

って意味です。 私たちは、お客さんの設定する、その“ゴール”にたどり着くための
方法を、 戦略・デザイン・コピー、そして媒体で提案しなければなりません。

それって、お客さんが設定しようとしている(希望している)“ゴール”が、
ちゃんと見えていて、その意図をちゃんと理解出来ていて初めてできる話ですよね?

さて、みなさんは、その目的、誰のために、何のために発信するのかを、

本当にたどり着きたい“ゴール”

を、ちゃんと把握できていますか? 見失わないようにできていますか?