3月 31, 2012

地と図


「実際に見えている物のみを、いくら一生懸命見ていても、それ以上のものは見えない。見えていない部分も意識して見るようにしなければならない」私たちの仕事に伴う視覚的なアプローチ。いわゆるデザインに関わる人は、どこかのタイミングで必ずこのことを教えられます。

いえ、これは視覚的なものを扱う職業に限定された話ではないですよね。例えば言葉を扱うコピーライターにとっても同様に大切な事ですし、他の職業でも言われる事なのかもしれません。あるいは意識していないだけで、そのようなことは普段からやっている可能性もあります。これはアイデアやクリエイティビティを発揮しなければならない場面では必ず必要になるスキルかと思います。

視覚的な話で具体的に説明しますと 、例えば”地と図” の関係というものがあります。
ここに書かれているこの文字自体が図であり、その背景というか周りを囲んでいる白い部分が地です。図である文字を文字として認識する為には地である白いスペースがなければなりません。同様に図として何かのビジュアルを成立させるためには地になるものをきちんと制御しないといけないという訳です。

前述したように、このような関係は、なにもビジュアルに関する事だけに当てはまる話ではありません。
例えばコピーならば ”何を言うか?” と同時に ”何を言わないか?” が大切になります。
会社や製品のポジショニングにおいては "どの様に見られたいか?" だけではなく ”どの様に見られたくないか?” という面がありますし、販売促進の企画であれば、ターゲットに ”どういう行動を起こして欲しいのか?” と同時に ”どういう行動を起こして欲しくないのか?” といったことも、この ”地と図” の関係に当てはまります。

殆どのものは、この ”地と図” の関係によって成り立っていますよね?ですから ”地” になっている部分をちゃんと把握出来ないと本当の意味で ”図” を描き出すことなんて出来ないのです。何の分野であれ ”地" をちゃんと認識し制御出来てはじめて ”図” となる部分を産み出せるという事なんです。

新しく何かを産み出す為のオリエンの場であれば、知らなければならない、引き出さなければならない部分は、その見えてない ”地” になっている部分です。
なぜ、そのような ”図” つまり、希望や説明が、そのオリエンの場で言われているのか?というところが大切になる訳ですよね。

普段から、この見えにくい ”地” の部分を意識して見るようにする事によって、それまでも「充分に見えている」と思っていたものが、まったく違って見えてくるというような事があると思います。それこそが、ものを産み出す作業の第一歩だということです。

さて試しに、今、あなたの会社や、あなたがやろうとしているプロジェクトは「こうなりたい」「こうやっていこう」という目標や指針があります。では、「こうなってはいけない」「こういうことは、やってはダメだ」という明確な地の部分は何か考えてみてください。

3月 30, 2012

こういうのも、やってみてます。


messages in graffiti

何と言うか、グラフィックによる今日の一言とでもいいますか、そんなやつです。

3月 27, 2012

企画と表現


広告やプロモーションなどで、単に視覚的な第一印象から「ださい」あるいは「意味がわからない」と感じてしまい、あまり好意を持てないままいつの間にか記憶から消えてしまった。というようなものはないでしょうか。

デザイン・コピーなどの表現の仕事や、企画の仕事をしている、あるいは少し関係する業務に携わっているという人であれば、「企画はいいけど、印象がださいんだよね。。」とか、「もっとデザインが良ければ伝わるのに」なんて思ってくれるかもしれません。

こういう場合、大概「デザインがイマイチだった」ということになってしまいます。ま、それが正しい場合も勿論あります。
ですが、基本的に私は、最終的に視覚を伴って見る人に触れるものであれば、当然視覚的なものまでを含めて一つの「企画」だと考えます。デザインがイマイチだったのなら、すなわち企画がイマイチだったのではないか?ということも検証するようにしています。

デザインの世界ではよく「作りながら考えろ」というようなことを師匠や先輩から言われるのですが、それは頭だけで考えていると机上の空論になりがちで、最終的な形態に定着しないものをずっと考えていても意味がないという意味です。

逆にこれもよく有ることですが、表現のみで確かにカッコは良いけど、広告やプロモーションとしては「?」って感じになってしまっているものもあります。

両方に共通して言えるのは、企画と表現は、それぞれ独立し、ばらばらに作業を進められるものじゃないということです。
ですので、これらをチームで進める場合には、まず最初に企画や表現の前提となる目的や得たいと考えている効果、このメッセージに反応して欲しい人たちはどんな人たちか、その人たちを取り囲んでいる商品・サービスや情報の状況などに関し、全員が共通の認識をし、その上で設定したゴールに向かって作業することが必要となります。

本来、一体である企画と表現が、どちらか一方が後付けで無理矢理付け加えたようなバラバラでちぐはぐなものになっていたら、それは当然中途半端な出来にしかならないですもんね。


3月 20, 2012

即効性のあるセールスプロモーションと、中長期的視点をもったブランディングは二項対立?


また「今回はブランディングというより実売に繋がることに注力したい」というような話がありました。
これって言い替えれば「ブランディングは実売に繋がらない」もしくは「ブランディングは実売に対し即効性がない」というように考えているってことですよね。だとすると "ブランディング" とは何なのでしょうか?なにかセールス・プロモーションを含む他の企業活動とは別個の独立した活動なのでしょうか?

ブランディングというものと、実売に直結するセールス・プロモーションを二項対立で捉えていること自体がおかしいと思ってます。

ブランディングというのはセールス・プロモーションを含めた企業のあらゆる活動を貫いている、背景にある背骨の様なもの。ですからセール・スプロモーションで考えれば、それは "ブランディングに沿ったセールス・プロモーション" か、"ブランディングが介在しないセールス・プロモーション" かという話になります。

じゃあ、ブランディングが介在しないセールス・プロモーションって?
企業や商品・サービスなどを、競合との差別化などせず、単に人気のあるタレントやキャンペーンの仕組みや仕掛けで驚かし、目立って話題にしようということですかね。

まぁ、それこそ、その時の売り上げを伸ばすことが最大の目標なのでしょうから、それには達することが出来るかもしれません。ですがそれは文字通り "その時だけ" のものですから、キャンペーンが終わればあっという間に忘れられてしまいます。その売り上げを保つ為には、毎回一から、同じ様にお金をかけてプロモーションをし続けなければならなくなる訳ですよね。
それどころか最悪の場合 "悪目立ち" というのもあり、今の結果にこだわり過ぎ、ブランディングの視点を欠いた企画によって、積み重ねという意味ではブランドのイメージを下げる様なアプローチをしてしまっていることもあります。その場合は、気付かずに背負い込んだ多大な "損なわれたブランドイメージ" という負債を返済する為に、後から大変な努力を強いられることにさえなります。場合によっては修復不可能な場合さえあり得ますよね。

そういうリスクを避け、企業力を衰退させない為にも、ブランドという背骨を常に持った、コミュニケーションやメッセージング活動を全てにおいて行っていくべきじゃないかと思っています。


3月 18, 2012

差別化のために設定されたポジション・目標地点の共有


企業の広告担当者 A:
このデザイン(コピー )だと、ロゴが無ければ競合他社の広告に入っていても通用するんだよね。もっと弊社のオリジナリティが感じられる様なものにしてくれないと。

広告制作者 B:
なるほど、ちなみに御社自身が考える、一番売りにしたい競合他社との違いはどこでしょうか?

A:
ん〜、特に他と変らないんだよねぇ。

B:
あるいは、こうなりたいと考えてらっしゃるところは?

A:ん~、やっぱり信頼感と安心感のイメージをもってもらいたいなぁ。

B:
なるほど。。

このようなやり取りの経験はないですか?
広告担当者 Aさんの方は「なんでもかんでも聞いてきて、それじゃ彼らは一体何をするんだ?どうやって差別化するかは、そっちの専門だろ?だから頼んでるんじゃないか!」と思っているんじゃないでしょうか。
かたや広告制作者のBさんの方は「社員自身でさえ、よくわかっていない自社の“らしさ”を出してくれなんて。。ほんと無茶ぶりだなぁ」などと、心の中でブツブツ言っていたり(笑)

でも、こんな過酷な様相の中で、”差別化のポイント”を、聞かれて間髪入れず「これだ!」と言えるような企業なんてなかなか無いですよね。
そこで、ロゴやVIなど見た目のビジュアルやコピーを含めたメッセージ性などの ”イメージ” によって他社との違いを出して行こうとする(Aさんはここを求めてる)わけなんですけど、前回も書いた様に、それらの ”イメージ” に、実態・中身が伴わない場合には効果をあげるどころか、まったく効果の無い無駄なものになってしまう場合もあります。
逆に、ギャップを恐れ現状の範囲でやろうとすると、そもそもその現状は他社との差が出づらい状況にあった訳ですから、今度はたいして魅力的な、そして効果的な差別化が出来なくなってしまいますよね。

いずれにしても大切なのは、その差別化の戦略が ”イメージ” のみで完結するようなものではなく、その企業の実態や全体の戦略とリンクしているものでなければならないということです(Bさんはここが気になっているんですよね)。

そういう意味では、その差別化の戦略は、常に杓子定規に経営戦略からステップを踏んで導き出される必要は無く、 例えば”イメージ” 戦略から生まれたものでも、その目指すべきポジションが全体の戦略ときっちりリンク出来れば問題ないのかもしれませんよね。


差別化と中身

「他社が作ってないものやサービスを提供しよう」という努力は、どの会社も同じようにしているはずです。

そしてそれは、苛烈な競争の中で「少なくとも遅れはとりたくない」という意識を生み出します。ライバル会社の新商品や新サービスに人気が出始めると、自分達も一刻も早く追いつけ追い越せとなるわけです。もちろんその他の会社もそうでしょう。結果、似たようなものが市場に溢れ、それもあっという間にコモディティ化してしまう。各社、ライバルに差を付けるため新しい何かを考えなくてはならなくなります。
低価格を売りにした戦略も同様、やはりすぐ横並びになってしまいますよね。

そんな状況の中で、競合他社との違いをアピールしようと、無理矢理何か見つけようとすると、凄く小さな機能や技術の差に行き着いてしまいがちです。
しかし、そういったものは、小さ過ぎたり専門的過ぎたりし、顧客や生活者にとっては「出来て当たり前」もしくは「どうでもよいこと」であり、その企業を他から差別化できる要因にまでは至らないものが多かったりします。

そこで、顧客に分かりやすく違いをアピールするために次にするのは、製品の見た目やロゴ、社名やVIなどを工夫してライバルとの差別化を行うといったことではないでしょうか。

このような流れ自体は別に悪いことではないと思いますし、むしろ普通ではないでしょうか。

悪いのは、この差別化の為のビジュアルやコピーによるメッセージ戦略が、企業の実体・中身である、そこで働く人たちの意識とリンクしていないことにあります。つまり、自分たちが向かおうとしている他社との差別化の為に、ビジュアルやメッセージの作成で意図され、目標とされたポジションに向って、その企業全体が向かおうとしていないということです。

例えば、他社との差別化をはかるため「常に驚きを届ける企業でありたい」などと、コピーやビジュアルで、いくら言い続けたところで、製品やサービスに革新性が無く、お客様と接する人間の態度も消極的だったり責任逃れの姿勢が見え見えだったら?それに接した顧客や生活者は、そのギャップをどう受けとるでしょうか。

おそらく、それらの“イメージ”は、本来の力を発揮するどころか、顧客や生活者が一度持ちそうになった期待感を裏切ることで、逆に印象が悪くなることさえありますよね。

当然、結果も出ません。そして「ブランディングなんて、CIやVIなんて、上っ面だけで実際には何の役にも立たない、インチキだ」というような極端な話が出てくるわけです。

ビジュアルやコピーなどのメッセージ、つまり表面に表れる部分で差別化を行う際に最も意識しなくてはいけないのがそこです。
一体自分たちがどう見られたいのか?どうなりたいのか?どうあるべきなのか?という主体性や意思がないところで、上辺だけ単に目立たせたり、流行っている感じのものにしても効果はないわけです。

これは、ブランディングだけではなく、デザインやコピーなどで、“イメージ”という言葉で括られ、認識されてしまっている殆どのタイプのものに当てはまることですよね。