「他社が作ってないものやサービスを提供しよう」という努力は、どの会社も同じようにしているはずです。
そしてそれは、苛烈な競争の中で「少なくとも遅れはとりたくない」という意識を生み出します。ライバル会社の新商品や新サービスに人気が出始めると、自分達も一刻も早く追いつけ追い越せとなるわけです。もちろんその他の会社もそうでしょう。結果、似たようなものが市場に溢れ、それもあっという間にコモディティ化してしまう。各社、ライバルに差を付けるため新しい何かを考えなくてはならなくなります。
低価格を売りにした戦略も同様、やはりすぐ横並びになってしまいますよね。
そんな状況の中で、競合他社との違いをアピールしようと、無理矢理何か見つけようとすると、凄く小さな機能や技術の差に行き着いてしまいがちです。
しかし、そういったものは、小さ過ぎたり専門的過ぎたりし、顧客や生活者にとっては「出来て当たり前」もしくは「どうでもよいこと」であり、その企業を他から差別化できる要因にまでは至らないものが多かったりします。
そこで、顧客に分かりやすく違いをアピールするために次にするのは、製品の見た目やロゴ、社名やVIなどを工夫してライバルとの差別化を行うといったことではないでしょうか。
このような流れ自体は別に悪いことではないと思いますし、むしろ普通ではないでしょうか。
悪いのは、この差別化の為のビジュアルやコピーによるメッセージ戦略が、企業の実体・中身である、そこで働く人たちの意識とリンクしていないことにあります。つまり、自分たちが向かおうとしている他社との差別化の為に、ビジュアルやメッセージの作成で意図され、目標とされたポジションに向って、その企業全体が向かおうとしていないということです。
例えば、他社との差別化をはかるため「常に驚きを届ける企業でありたい」などと、コピーやビジュアルで、いくら言い続けたところで、製品やサービスに革新性が無く、お客様と接する人間の態度も消極的だったり責任逃れの姿勢が見え見えだったら?それに接した顧客や生活者は、そのギャップをどう受けとるでしょうか。
おそらく、それらの“イメージ”は、本来の力を発揮するどころか、顧客や生活者が一度持ちそうになった期待感を裏切ることで、逆に印象が悪くなることさえありますよね。
当然、結果も出ません。そして「ブランディングなんて、CIやVIなんて、上っ面だけで実際には何の役にも立たない、インチキだ」というような極端な話が出てくるわけです。
ビジュアルやコピーなどのメッセージ、つまり表面に表れる部分で差別化を行う際に最も意識しなくてはいけないのがそこです。
一体自分たちがどう見られたいのか?どうなりたいのか?どうあるべきなのか?という主体性や意思がないところで、上辺だけ単に目立たせたり、流行っている感じのものにしても効果はないわけです。
これは、ブランディングだけではなく、デザインやコピーなどで、“イメージ”という言葉で括られ、認識されてしまっている殆どのタイプのものに当てはまることですよね。
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