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9月 05, 2012

時間との付合い方


前回書いたように、時間とムダの科学 (PRESIDENT BOOKS)という本を読んでみました。
ビジネスパースンの時間との付合い方に関する、大前 研一さんほか何人かの方の共著です。

この中で何人かの方が言っているのが、先ずは現在の自分の時間がどのように消費されているのか?をきちんと把握する事が重要だという事です。

確かに何事もそうなのですが、ゴール、目標を設定しそこに到達するための道筋を考えるには、先ずは、そこを目指す主体が現在どのような状況にあるのかを正確に把握する事がもっとも重要になります。当然時間に関する計画も同じということですよね。

前回、私は自分の時間に関して「これが何の時間、あれが何の時間と区切って捉えられない様な使い方をしている」そして、そのこと自体が「私の時間の使い方に関する問題の本質」ではないかということを書いています。
そして、この本に書かれている時間のムダに関する最大の問題も正にこの事だったのです。

この本の中には著者の方の一日のスケジュールがサンプルとしていくつか掲載されていました。
そのサンプルを始め例として出てくるものは、実はそんなに細かく何の時間と区切って分類してあるわけではありませんでした。
私の仕事に置き換えると“情報を収集する時間”“既存のお客様に関する企画や作業をする時間”“新規顧客の獲得に関する企画や作業をする時間”“雑務処理をする時間”“社内会議の時間”“社内の状況を把握する時間”ぐらいに分ける感じでしょうか?

まぁ、私の現状ときたらそれすらも区切るのが大変な感じなのではありますが。
それでも、出来ないと言って片付けてしまうのではなく、何とか区切れるように調整してみるところからやらないと、というわけですね。
これをやる事で、自分の今の時間がどのように使われているのか、何がムダだったのかが初めて分るわけで、そこがスタートですもんね。

9月 01, 2012

時間配分


決意をあらたにする!というのが一番無駄っていう言葉を目にしました。大前研一さんの言葉のようです。

それによると、時間の配分を変えるか、住む場所を変えるか、あるいは付き合う人を変えるかでしか人は変わらないそうです。
ちょっと興味をもちました。

この言葉に関することで「住む場所を変えるというのは、なかなか難しいけど、時間の配分を変えるのなら誰でも今すぐできる」的なものがあったのですが、時間配分を変えるって結構大変じゃないですかね?

だって、まず何を変えます?食事やテレビを見ている時間、インターネットを見ている時間を減らす?
仕事でよく言われるのは、会議にかかる時間についてですが、それ以外の事は配分を変えるために、上手く何々の時間というように区切って考える事がみなさんは可能なんでしょうか?

当然、仕事によって大分変わってくるのでしょうが、こと私自身の仕事に関して考えると、なかなかそれらを区切って捉え、時間の配分を変えるのは、そう簡単には出来ない状態になってしまっています。

たぶん難易度のレベルで言うと他の二つとたいして変わらないんじゃないでしょうか。
そういう意味では確かに決意をあらたにする!というのは、めちゃめちゃ簡単ですよね(笑)

でも、そのように区切って捉えられない様な時間の使い方自体が、自分の何かを変えたいと思った時になかなか変えることの出来ないそもそもの原因なのかもしれません。

実は私のネットに接する、ながら的な常時性が、まさにその時間の使い方になっているんですよね。

調べものから情報収集そして息抜きまで、ちょこちょこと区切り無く常に見ている感じになっているのです。
それに、ちょっとした調べもののつもりでも、それ以外の情報もどんどん入ってきますし。
まぁ、それを情報収集と言うかどうかなんですが、目的とした調べものにかかる時間より遥かに多くの時間をそこに費やしているような時も実際あります。
まずそこから変えろってことかな?

って思ったところで、先ずは例の大前研一さんの言葉が書かれているという本を読んでみたいと思います。


プレジデント社 時間とムダの科学 (PRESIDENT BOOKS)  著/大前 研一 ほか

8月 12, 2012

いつまでも考えてないでやれ

「いつまでも考えてないで、さっさと手を動かせ」

よく言われた言葉ですが実はずっと嫌いな言葉でした。

「デザインは単なる感性や手先の技術だけじゃなく、その前にそれに触れる人や触れるときの環境、そして何よりも正しく伝わるようにちゃんと考えて作業するべき」って思っていたからです。

ま、そんなの当然の事で “さっさと手を動かせ” の本当の意味は、
「いつまでも頭の中だけで考えていたって、実際に絵にした時にインパクトが無かったり面白くなかったり、ちゃんと着地しないものだったら意味無いし、そんなものは時間の無駄になってしまうから、方向性が定まったらあとは手を動かしながら(作りながら)考えろ」って事なんですけどね。若い頃はなかなかそこまで分らなかったんですね。
でもこの様な意味だったんだって分ってみると、この、手を動かしながら考えるって事の重要性をひしひしと感じずにはおれないんですよね。。

最近は、効率化だとか合理化だとかそんな言葉がもてはやされ始め、「とにかく無駄な事は一切やりたくない」というようなムードは私たちの仕事の周りでも以前より更に大きくなっている様に思います。
もちろんコミニュケーションのミスなどで、本当に無駄な事をしなければならなくなるときも多々有り、それにはこちらも人間ですし正直うんざりする事も有ります。もちろん、そういった事は出来るだけ無くした方が時間的にも金銭的にも無駄が無くなりますし、発注者側にとっても制作者側にとっても良い事であるのは確かです。
しかしその事を拡大解釈してしまっているというか勘違いして認識してしまっているクリエーターも出てきている様に見えるんですよね。

仕上がりの精度を上げていくためのトライアルや模索までも時間やコストを理由に避けようとする人たちが増えてきているように思うんです。
これはあくまでも自分が作業をする場合に限っての事で、誰か第三者にデザインやコピーライティングを頼む場合はもちろんそんなこと言えません。特にコスト的に厳しくなってきている今、「それとは別の話で、もっと案を作ってくれ」とは言えませんからね。

でもそれと同じ理由で自分の労力を惜しむというのはちょっと違うような気がしています。
なにしろ、“やってみなければ分らない事” は、経験云々ではなく本当に沢山ありますから。というか、だいたいの事はそうじゃないかと思うくらい。

やってみてダメだった場合、表現の問題というだけで納まらない事も多く、企画から考え直さなければならない事も有るのです。

どこまでがビジネスとして不必要な無駄で、どこまでがクリエイティブとして必要な無駄なのか。多くの人が改めて考えてみる必要があると思います。