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7月 05, 2011

ガイドラインとは何か?

ガイドラインは単なる守らなければならない 
"規則" として認識している人が多いと思います。

ですが片や、そのガイドラインが弊害を生んでいる
ということも事実としてあると思ってます。
つまり、

ガイドラインがあることで「これを守ればいいんでしょ?」と、
すごく短絡的に捉えられてしまい

非常にマニュアル的になり、無機的で
訴えるものの少ないメッセージになってしまう

こと
があるのです。また、実はこれも同じ様なことから発生するのですが、
「こんなガチガチのガイドラインに従っていたらまともなメッセージが
発信出来る訳が無い」と、

それらを無視し
それぞれの解釈で勝手に発信しだす

パターンもあります。
これらは両方とも

ブランド・アイデンティティの理解と、そこから発生した
 VI などイメージ戦略の意図の解釈が、ちゃんとされていない

ことから来ているんですね。


逆に言うと、ブランド・アイデンティティを、きちんと理解していれば、
わざわざ、そこから外れて発信しようとなんかしないはずですし。
ガイドラインは本来の役目である意図をヴィジュアルに変換する時の
ガイドとしてあるわけです。

利用する方はただガイドラインの上っ面だけをマニュアル的に暗記する
のではなく、

その大元のブランド・アイデンティティの徹底した理解が必要

であり、
また、

ガイドラインを作る方も、それが十分に機能する様、そして、
その意図が利用者に伝わるように制作する必要がある

というわけですね。




7月 04, 2011

自由なイメージほど規則はガチガチ?

これは、顧客が保持する企業のブランドイメージと、
VI(ヴィジュアル・アイデンティティ)等を発信する
企業側の規則の話です。

前回書きましたが、ブランディングの大切な役割の一つには、
複雑なものを如何に、すっきりと分かりやすく伝えるか?
があります。

VIも当然、同じように、そのアイデンティティを分かりやすく、
伝わりやすいものにしなければなりません。
なので、必然的に複雑化つまり分かりづらくなるのを避けるための
ガイドラインがきっちりと設けられるという訳です。

とはいっても

「出来ることが限られ、味も素っ気も無いのは自分たちには合わない」

という企業や商品も当然あるでしょうし実際にありますよね。

仮に、少し人間っぽく(笑)、

表現における幅を広めにとる

とします。そうなるとどうなるでしょう?
それはあくまでも演出された "自由" であって、本当に自由奔放に
「何をやっても個性なのだからOK」という訳ではないですから、

当然そのガイドラインについても、シンプルなものに比べ、更に厳しく、

細かいところまで決まっているものになって行くのです。

そうです、その自由なイメージを、出来るだけ分りやすく
相手に伝えるためにですよね。



7月 03, 2011

ブランドガイドラインは、なぜガチガチなのが多いのか?

ブランディングで VI というと、
ガイドラインとかレギュレーションとか、

「とにかく規則が厳しく窮屈」
「自由が無い!」

などというイメージが強いですよね。


確かにそのような面があります。
私も若い頃には、広告や販促の仕事の際に何度もその
ガイドラインに泣かされた口ですし。

「これじゃ、何にも出来ないよ!」から始まって、
「これはブランドが本来伝えようと意図しているメッセージを
逆に表現しづらく、邪魔さえしている!」まで(笑)

そもそも人間だったら "色んな面が見える" から "人間らしい" のであって、
"いつもある一面しか見えていない” 状態だったら、
想像しただけでも、かなりつまらない人になります。

ですが、ブランディングの際には、若干、話が変わってきます。
ブランディングの大切な役割の一つには、

複雑なものを如何に
すっきりと分かりやすく伝えるか?

という部分があり、当然それはVI やイメージ戦略に、
そのまま課題として落ちて来るものです。

表現は、黙って放っておくと自然に複雑に分りづらくなりがちです。
それをコミニュケーション用に分りやすく構築し直し、また、

それが崩れない様にする為のガイドラインやレギュレーションは、
ある程度厳しいものにならざるを得ないわけですね。



7月 01, 2011

第三者に映っている ”あなた” こそ、本当の "あなた" ?

「ブランドは企業のものではなく、
 顧客が心に所有しているものだ」

という言葉を聞きますよね。


また、それと同様に、ある人間の本当の姿も、

他人の目に写っている "それ" 。

自分の意識の中にもやもやとあるだけで、外に対して表現されて
いないものは、本人の単なる理想・希望する姿、極端に言ってしまうと、
つまりは妄想の類でしかないと言う人もいます。

でも、どちらもいわゆる側面でしかないと思います。


前者のブランドの例でいうと "顧客の中に作られるもの" は、

ブランド・イメージと言われるものですよね?

同様に人間の例でも、相対する他人に映っているそれは、あくまでも

その人の "イメージ" ですよね。

上記の例では、


"企業" あるいは "ある人間" 自身のアイデンティティが
どちらも抜けてます。

簡単にいってしまうと、


それらが相手に対して "どう思って欲しい" と思っているのか?
の部分が
抜けて話されているのです。

「そんなものわざわざ言わないだけでわかってるよ!」と、思うかもしれませんが、

実際、その部分が完全に抜けているなぁと思うことが結構あります。
なんというか... "顧客志向" という都合のいい言葉の陰に隠れて、
その大切な部分を避けているようにさえ見えるといいますか。。

それらは企業にとっては企業名やロゴ・VIなどを、人間にしたら髪型や着る服を、

自己のアイデンティティ無しに、顧客や相対する他人の意見のみで決めているという
感じなのです。

まだ、皆と同じように目立たないように出る杭にならないように、という様な

そんな意識が残っているということなんでしょうか?
もしくは、相手に合わせてくるくる変える方が楽だし、確実だという
気持ちもあるのでしょうかね?
変なことを決めて責任を持たされる羽目にならなくていいって言うのも?

でも、考えてみて下さい。


相手と自分、どちらが主体でどちらが客体であっても、いずれにせよそれらは

相対的な関係に有る訳ですよね?どちらか一方が絶対的に存在するわけじゃありません。
だとすれば、

"企業" あるいは "ある人間" 自身のアイデンティティがなければ、

同時に相対する顧客や相手の人間もいなくなってしまう

ということなのです。

「いや、相対するのはロゴやVIなどのブランド要素のことであって、
アイデンティティのことではない」と言う方もいるかもしれません。しかし、
アイデンティティがなく相対するものの評価のみで作られた、それらの
ブランド要素は、その持ち主を表していないことになります。

そうです、何にしても


アイデンティティがなければ、そのものは無いに等しく、

よって相対する "顧客" や "相手の人間" も、おのずと存在しないことになってしまう

と。


それがどのような状態を指しているかは、それぞれ想像してもらうと

良いかもしれませんね。

3月 08, 2011

質実剛健の壁 3

前回のエントリーでは、
”自分たちは中身で勝負する企業であり続ける”
という発信者側の想いがそのゴールとして提示されていました。
それは、簡単に言ってしまうと、受け手からどう思われたいか?
自分たちは、どうなりたいか?がちゃんと有るということです。
仮に、それが無かったり、曖昧だったり、
あるいはぐらぐらと揺らいでいたら?

本当はあるんだけど上手く意識として顕在化出来てなかったらどうでしょう?
前回、前々回、企業を個人に置き換えて考えてみたように今回も個人に置き換えてみると、
ただ何となく見た目だけをオシャレな感じにするってことになりますよね。
その時の気分や、なんとなくの好き嫌いで。

まぁ、それがたまたまぴったりと合えば問題は無いんでしょうけど、
それはやはりまれですよね。

自分がどう見られたいのか?ということを、
普段から、ちゃんと意識し、よく研究している人でも、
発信する本人と受け取る側のギャップになかなか
気付けない場合さえありますしね。

まして他人からどう見えるのか?なんて
今までぜんぜん考えてもいなかった質実剛健な方に
「さあ貴方らしいのはどんな格好でしょう?
まぁ、分らないでしょうから私どもがお勧めをお持ちしました。
さあ、この3着の中から選んでください!」
なんて言われても選び様が無いのが実情じゃないでしょうかね。

ちゃんと、その前に”自分がどう見られたいか?どうなりたいか?”という
ヴィジョン、ゴールの部分について考え、その方向性に納得した上で、
「そのためには・・・」という話じゃないと判断出来ないですよね。

そのことが、前々回4番目にあげた、

”それはゴール(目標)が無いと設定出来ない”

という部分です。
こうやって書くと当たり前に見えることでも意外となかなか出来ない部分なんですよね。

まずは、じっくりゴールを考えることこそ本当の近道であり、

無駄なことをして浪費しないという意味でも、

なによりもコストの削減

になるんじゃないでしょうか。


1月 30, 2011

質実剛健の壁 2

前回に続いて、表現(ヴィジュアルやメッセージ)の必然性、つまり、
その表現が、そうでなければならない根拠となると私が考える、
”ブランディング”について、その重要性をどう説明すれば、
お客さんにしっかりと理解してもらうことが出来るのかのヒントを探し続けます。

前回、項目として出したものの中で、1、2、3番目に上げた、

”人はどうしても”見た目”でかなりの部分を判断しちゃう”

ということと、

”どんなオシャレな服でも、着ている人に似合ってなければ逆効果”

というもの。そして、

”どんな風に見えるのが好ましいのか?どんな風に話すのが好ましいのか?”

に関連して、注意しなければならないと思った部分を書きましたが、
今回も続けけて、その部分で気になっていることを、ちょっと。

”オシャレ=チャラチャラしてたり派手だったりということではない”

というのは、もちろん、そうなのですが

「じゃあ、どのようなものが適切なの?」

というところです。

発信者である企業が、”自分たちは中身で勝負している”、
”製品やサービスに対する自信がある”と思っていて、
その顧客やユーザーにも同様にそう思われたいと考えているのであれば、
それは、まさしくそのように

相手に伝わらないと意味がないですよね。

つまり、何が言いたいかと言うと、
例えば、発信者側の考える質実剛健なイメージが、
受け手の考える質実剛健のイメージと本当に合致しているのだろうか?

その受け手になる人たちは、発信者である自分たちと同じような感性・感覚・考え方を
持っていて、そのイメージを共有出来る人たちなのか?

ということなんです。

発信する側に、そういう問いが無いとスタートしないということなんですね。
だから、発信側である企業が、自分たちの好き嫌いで表現を決めることは、
正しくないと考えるわけなんです。

だって、同じ服を着て、同じ内容のことを、同じ話し方でしても、
会う人によって受け取られ方は、ちょっとずつ変わってきますよね?

まぁ、個人レベルではよくある、
「自分はこうでしかない」「私は私だ、私らしく」っていうのも、
企業レベルでも、場合によっては有りなのかもしれませんが。
でもその場合、個人レベルでの考え方と同様に、企業としても、
”自分”を好意的に受け入れてくれる人、理解してくれる人たちのみに
つきあってもらえればよい”と、宣言しているということも、
発信する側としては、きちんと認識していないといけませんよね。


1月 18, 2011

質実剛健の壁

どうして企業ブランディングが必要なものなのか?導入した方が得なのか?

を、

どう説明するか?

このことについては本当に、いつも考えてます。ここではその幅を狭め、
企業ブランディングといっても、メッセージやヴィジュアルから考えた視点で書きます。

ちなみに、メッセージやヴィジュアルというのは、ロゴや
VI(ヴィジュアル・アイデンティティ)等だけのことを言っているわけじゃありません、
念のため。

企業ブランディングが、企業活動全てにわたって行われるべきものだというのと同様に、
当然、ここでいうメッセージやヴィジュアルというものも、企業として発信される
すべてのものということです。

なぜ、企業にとってブランディングが必要か?で、まぁ、初めに聞くのは、

"顧客にとって価値のあるブランドを構築し信頼を獲得していくことで、
より永続的な関係を築く"

というもの。

もちろん、その通りなのですが、それは今更、私が言う必要の無いことですし、
正直、このような説明だと「一応わかる」って感じになっても、なんというか
感覚的な部分でというのか、実はピンと来ていないんじゃないだろうか?って
思っちゃうんですよ。

”まぁ、良いことだって言うのはわかるけど、いずれにしても、
お金に余裕あるならって感じだよね"

的な?"贅沢品" 的なものというんですかね?そういう受け取られ方をしている
ような気がするんです。

ありがちなのですが、一通りその説明は聞いてもらえても結局、
「ん〜、今イチわかんないから、とにかく、どんなのが出来るのか形にして具体的な
ものを見せてよ。やるかやんないかは、それで決めます」と、なっちゃうような感じ。

まぁ、つまりはあまり理解してもらえなかったってことですよね。

で、単なる”表現”として検討に入るもんだから、そのポジショニングやゴールを無視して
社内で社員の主観や好みによる人気コンテストみたいな決め方さえすることも。
じゃあ、どう説明したら感覚的に「あ〜!」って感じで理解してもらえるんだろう?と。
とくに表現の部分に関していうと、

1. 人はどうしても”見た目”でかなりの部分を判断しちゃう

んですよ!ってこと。

2. でも、どんなオシャレな服でも、着ている人に似合ってなければ逆効果

だったりするでしょ?ってこと。

3. 更には、どんな風に見えるのが好ましいのか?どんな風に話すのが好ましいのか?

ってことが重要で、

4. それはゴール(目標)が無いと設定出来ない。

そして、

5. それらは、ある意味で一貫してないと、信頼どころか、
逆に不信や疑いを抱かれますよね?


6. 実は、思っているよりも、即、効果が出やすいもの

だったりするんですよ!ってことなんですけど、

これらを、質実剛健な方たちに納得してもらうためにはどうしらいいか?なんですよね。
とりあえず今回は、この1番目と2番目、そして3番目までの項目に関係することで、
とりあえず初めに気になる部分を書いておきます。

オシャレ=チャラチャラしてたり派手だったりということではない

ですよね?まずは、そこをちゃんと理解してもらうことが大事ですよね。
資料や例えとして出す事例も含めて、提案する企業にとって適切な説明をしなければ
理解してもらえるはずはありませんから。

もちろん、その表現の提案自体が適切なものでることは、
わざわざ言うまでもないことですけどね。