6月 30, 2012

見た目の機能


タイムカードやその打刻機って、なんであんなにあか抜けないんでしょうね。
「社外の人から見えないから、単に退勤管理のためのものだから、オシャレである必要がない」という事なんでしょうけど、そうなんでしょうかね。

要は部屋着だからなんでもよいという事なんでしょうけど、オフィスってそういうものじゃないですよね?
多分そういうものでも、変れば社内の空気も変るんじゃないでしょうか。また、それに伴って社員の意識も少しポジティブに、クリエイティブに変るかもしれません。

と、ここまで書いて思ったのですが「〜だから、オシャレである必要がない」というのは、単なる言い訳ですね。
本音は「わざわざ高いものを入れる必要がない」ってことで、要はそういうものは割高だといっているんですね。

悲しい事です。

決して「社員だから身内」などと思って見くびってる訳ではなく、デザインに対しそこまでの価値を感じてもらえていないということでしょう。

”デザインは単なる装飾ではなくそういった機能、スペックの一つでもある” ということを、多くの人たちに分ってもらえる様、もっともっと努力していかなきゃならないですねぇ。

6月 27, 2012

先入観と刷り込まれたイメージ


気をつけよう気をつけようと思ってはいても、気付かないうちに、先入観やそれまでに何処かで刷り込まれたイメージによって物事を判断してしまっているときがあります。

私の仕事でも、目立たせたいから文字を “赤く” とか、“大きく!” というようなデザインに関する要望の多くが、先ほどの “先入観” や “刷り込まれたイメージ” から判断されたものだったりします。

まぁ、確かに目的を犠牲にして必要以上に品良く小さい文字で表記されていても「なんだかなぁ」と思ってしまうのもしょうがないかなとは思います。
簡単に言ってしまうと、基本的に全体の雰囲気とバランスが文字を含めた各パーツの所謂適正な大きさを決めるわけですが、その全体の雰囲気というのはあくまでも目的に沿ったものである必要がありますからね。

とりあえずここでは、その全体の雰囲気は目的にかなったものになっていると前提して話を進めます。

例えば “あるものを目立たせる” ということに問題をフォーカスすると、あるものが目立つ為には、その、あるものと他のものとのコントラストが一番重要になります。所謂地と図の関係ですね。
極端な例で言うと全体的に赤っぽい背景の上にいくら “大きく” “赤い文字” が乗っていてもそれはさっぱり目立たないというやつです。

まぁ、ここまで極端な例だと流石に誰もが言われるまでもなく気付くわけなんですが、もうちょっと事情が複雑になると、この手の要望が頻繁に入ってくる様になるんです。

要望を具体的にして、分りやすく伝えようとしてのことなのでしょうが、実は、要望を無理矢理具体的にしようとするあまり、このように先入観やそれまでに何処かで刷り込まれたイメージだけを元に、そういう言葉にしてしまっているのだと思います。

こういう時いつも思う事なのですが、具体的な指示というのは、なにも、何々を赤くとか、どこそこを大きくとかではないのです。
ある程度経験を積んだしっかりしたデザイナーに頼んでいれば、一番言いたいメッセージは何で、それに接する人にはどんな反応を期待していて、どんな印象を持たれるのが最も好ましいか?といったところをはっきりさせた上で、どのような部分に不足を感じているのか?という事をきちんと伝えた方が余程、最短距離で望んでいる効果をもったものを提案できるはずなのですが。。

少なくても、先入観や前もって何かで刷り込まれた、もやっとしたイメージで要望を出さない様にするだけでも、本当にデザインの力が活かされたものが出来るはずだと思っています。

6月 24, 2012

デザインのいらないもの


そのデザインに最終的に触れる(見たり、触ったりする)人たちは、実際には、そのデザインについてどんな反応をしているんでしょう?
その視覚情報は、情報の優先順位としては何番目くらいのものなのでしょう?

これらは、それがどのような種類のものに関するデザインかで大きく変わるとされています。

デザイン性が重視されるものであれば、その価値の優先順位も当然高くなります。
ですが反面、見た目などあまり関係なく、それがどんなデザインであろうが何も影響がないと言われるカテゴリーも多々あるということです。

本当でしょうか?

私は賛成ではありません。
先ず一つは、なんとなくイメージだけで、とがったものや洒落たものがデザインされたものとされている様な気がするところです。
何も、とがったものや洒落たものだけがデザイン性が高いものという訳じゃありません。もしかしたらそれはアート性が高いとは言えるのかも知れませんが、デザインの役割はそれだけではないと思っています。

例えば、人がデザインに接したとき、そこにどの様な印象を持って欲しいのか?という部分において、とがった印象や洒落た印象のみならず、それらを含む印象全般に関わるものだと思っています。
そして、また同時に、どの様な反応をして欲しいのか?といった、機能的な部分での役割も担っています。一見デザインされているように見えないものからも、私たちはある印象を受け取り機能的な意図を受け取っているはずです。それらを意図的にコントロールしようというのもデザインの大きな役割ではないでしょうか。

よく、デザインされていない方がいい!というような事が言われるケースがありますが、その根拠となっているであろう元々の見本の “デザインされていないもの” は、本当に、ただデザイナーなんかに頼まず適当に作ったから、その様な効果を得ることが出来たのでしょうか?適当に作ったものがその時効果をだしたのは実はたまたまだったりしてないですか?
それのどのような要素がそのような効果を出したのかを、しっかりと研究して掴み、その効果を再現出来るよう意図され表現される必要があるのではないでしょうか。
でなければ、それは単なる酷いものであり、意図した効果を出すどころかそれ以上に、与えてはいけないイメージを与えてしまう結果を導きかねないと思います。

また、「誰もデザインなんか気にしていない」というのも、落とし穴です。
それはそれに触れると想定している人を馬鹿にしすぎなんじゃないでしょうかね。
私は、視点の違いはあっても、誰もが視覚的な心地よさみたいなものを求めているはずだと思っています。
もしかしたら改めて聞くと「デザインなんて正直気にしていなかった」というような発言は出てくるかも知れません。ですが、それを鵜呑みにするのは危険ではないかと感じます。上記の発言をした同じ方が、本当に気にしていないのだったら出てこないような「正直言ってこの◯◯はあか抜けないイメージですからね」というような発言も同時にするのは結構あることなんです。

デザインが、そのもの自体の売り上げには何の影響もない形のビジネスであったにしても、その企業に対して醸成されたイメージは、めぐりめぐって何かに影響を及ぼしている可能性もあるのではないでしょうか。