広告など、企業が何らかのメッセージを 発信する場合、
受け取って欲しい人が誰で、どんな人かというのはもちろんですが、
何のために発信されるのか? 誰のために発信されるのか?
といった、ゴール、つまり“目的”や“目標”も同じように大切です。
「そんなの当たり前じゃない」
って思うかもしれません。
でも、一見当たり前のこのことが、 普段意外と見失われがちだったりするんです。
例えば、既に日常の仕事としてルーティン化されてしまっているもの。
人って、そういうものには、あまり疑問を抱かなくなりますよね。
定期的に繰り返してやっているうちに、いつの間にか元々あった、
そのメッセージを発信する本来の目的が忘れられちゃったり? 冷静に考えてみると、
「なんで私たちは“今”この媒体を使って、このメッセージを発信しているんだろう?」
てことも有るかもしれませんよね。
そういう意味でも、当たり前になっていること、普通だと思っていることは、
もう一度、見直した方がいいのかもしれませんね。
ちなみに、ここで言っている”ゴール“っていうのは、
単に発信するものの(そのコミュニケーションにおける) “ゴール”(期待する結果)
じゃなくて、お客さんの
ビジネスにおける“ゴール”(目標・目標)
って意味です。 私たちは、お客さんの設定する、その“ゴール”にたどり着くための
方法を、 戦略・デザイン・コピー、そして媒体で提案しなければなりません。
それって、お客さんが設定しようとしている(希望している)“ゴール”が、
ちゃんと見えていて、その意図をちゃんと理解出来ていて初めてできる話ですよね?
さて、みなさんは、その目的、誰のために、何のために発信するのかを、
本当にたどり着きたい“ゴール”
を、ちゃんと把握できていますか? 見失わないようにできていますか?
6月 29, 2010
6月 22, 2010
ということで、反省
とにかく、すごくカンタンに。誰にでもわかるように!
と思いながら、 このブログを書いていた つもりだったんですが、
4ヵ月たって冷静に見直すと 「ぜんぜんダメ」って感じですね。
内輪でしかわからない言葉を使っていたり、
内輪でさえわからない自分だけの思いを前提にしていたり・・・。
いや、ていうか、そもそも話しが抽象的過ぎ?とかね。
ま、いっぺんに上手くなるとも思えないけど、もっと努力しないとですねぇ。
同意してはもらえなくてもね、せめて ”何が言いたかったのか”ぐらいは 伝わらないと、
まったく意味ないですもんね。
と思いながら、 このブログを書いていた つもりだったんですが、
4ヵ月たって冷静に見直すと 「ぜんぜんダメ」って感じですね。
内輪でしかわからない言葉を使っていたり、
内輪でさえわからない自分だけの思いを前提にしていたり・・・。
いや、ていうか、そもそも話しが抽象的過ぎ?とかね。
ま、いっぺんに上手くなるとも思えないけど、もっと努力しないとですねぇ。
同意してはもらえなくてもね、せめて ”何が言いたかったのか”ぐらいは 伝わらないと、
まったく意味ないですもんね。
6月 13, 2010
"主役"は誰?それは何故?
企業が発信するメッセージの場合、その本質的な語り手は
たいてい、発信者である企業自身となります。ですが、
「そのメッセージの“主役”は?」
となるとどうでしょう?ここで言う“主役”とは、
メッセージが誰(何)を中心にして語られてるか?
と言うことですが、それは必ずしも発信者に限ぎられたことではありませんよね。
”主役”が誰か?が、"なんで"大切なのか? 前回紹介させてもらった、
「ネオ・デジタルネイティブの誕生
」(※2010年3月 ダイヤモンド社 )という本では、
”急激な社会環境の変化は、その中で育った各世代の考え方や態度を大きく
たいてい、発信者である企業自身となります。ですが、
「そのメッセージの“主役”は?」
となるとどうでしょう?ここで言う“主役”とは、
メッセージが誰(何)を中心にして語られてるか?
と言うことですが、それは必ずしも発信者に限ぎられたことではありませんよね。
”主役”が誰か?が、"なんで"大切なのか? 前回紹介させてもらった、
「ネオ・デジタルネイティブの誕生
”急激な社会環境の変化は、その中で育った各世代の考え方や態度を大きく
違うものにしている”という見方をしています。例えばその中で、
今の若い世代は、“暑苦しく自分たちの世界観や価値観を押し付ける
コミュニケーション"に否定的
になりつつあり、今後は更にその傾向が強くなるのでは?という
推測がされている箇所があります。また、彼らがツイッターを受け入れたのは、
その“弛い繋がり”を許容する文化に対する 心地良さもあるのでは?とも。
そのことを前提とすると当然、そのような世代をターゲットに、何かをメッセージする
場合、発信者側が世界観や価値観を一方的に押し付けて来るように感じられがちな、
企業や商品など、発信者自身が“主役”となる
コミュニケーションのスタイルには注意が必要
ということになります。
また、それは特定の世代だけがということではなく、時代の変化や生活環境は、
すべての生活者に多少なりともなんらかの影響を与えているはずですよね。
特定の世代の存在は、その時代のムードの極端な表れ、
象徴されたもの だとも言えるかも知れません。 そのせいか最近では
「メッセージを受け取る人が”主役”となるような」コミュニケーションも
増えて来ているように思います。
上記のことからいえば、それは正しい考え方ですよね。
しかし、カタチ上はメッセージを受け取る人が"主役"になっていても、
メッセージの中身自体はどうでしょう?
”主役"を受け取る側にするだけでは問題は解決しません。
”主役”が誰か?が大切なのは、ターゲットや時代背景を考慮して、
どういうタイプのコミュニケーションをするか?
ですよね? 本当にあなたのメッセージは、
届けたい人にちゃんと受け入れられているでしょうか?
今の若い世代は、“暑苦しく自分たちの世界観や価値観を押し付ける
コミュニケーション"に否定的
になりつつあり、今後は更にその傾向が強くなるのでは?という
推測がされている箇所があります。また、彼らがツイッターを受け入れたのは、
その“弛い繋がり”を許容する文化に対する 心地良さもあるのでは?とも。
そのことを前提とすると当然、そのような世代をターゲットに、何かをメッセージする
場合、発信者側が世界観や価値観を一方的に押し付けて来るように感じられがちな、
企業や商品など、発信者自身が“主役”となる
コミュニケーションのスタイルには注意が必要
ということになります。
また、それは特定の世代だけがということではなく、時代の変化や生活環境は、
すべての生活者に多少なりともなんらかの影響を与えているはずですよね。
特定の世代の存在は、その時代のムードの極端な表れ、
象徴されたもの だとも言えるかも知れません。 そのせいか最近では
「メッセージを受け取る人が”主役”となるような」コミュニケーションも
増えて来ているように思います。
上記のことからいえば、それは正しい考え方ですよね。
しかし、カタチ上はメッセージを受け取る人が"主役"になっていても、
メッセージの中身自体はどうでしょう?
”主役"を受け取る側にするだけでは問題は解決しません。
”主役”が誰か?が大切なのは、ターゲットや時代背景を考慮して、
どういうタイプのコミュニケーションをするか?
ですよね? 本当にあなたのメッセージは、
届けたい人にちゃんと受け入れられているでしょうか?
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