ある舞台で、俳優が “重大な驚異が差し迫っている” という設定で、机の下に身を隠す演技を求められたそうです。
俳優は机の下に身を隠さずにはいられないような恐怖の感情を呼び起こそうと努めたそうです。それをもとに可能な限り現実味のある感情と行動を観客に見せようとしたのです。
ですが、どう頑張っても現実味のある恐怖を感じられず、これでは説得力のある演技が出来ないと悩んでしまったようでした。
それを見た演出家は、その俳優にこう助言したそうです。
理屈で考えてはいけない。あれこれ考えずに、机の下に飛び込んで丸くなればいい。
俳優が言われた通りに行動すると、その演出家は、どういう気分かと訊ねたそうです。
「怖いです」と俳優は答えたそうです。
これは、マーク・ジョンソン著「ホワイトスペース戦略」の中に出てきた例えで、ロシアの偉大な演出家であるコンスタンチン・スタニスラフスキーの著書「俳優修行」で紹介されているエピソードだそうです(孫引用ですみません)。
恐怖を感じてから机の下に飛び込む場合もあるが、机の下に隠れてから恐怖感が涌いてくる場合もあるのだと、スタニスラフスキーは、その俳優に説明したそうです。
スタニスラフスキーは、創造的なインスピレーションが「形」を生み出す場合ばかりではなく、「形」をつくることによりインスピレーションの扉が開かれる場合もあるのだということを明らかにしたのだ。とマーク・ジョンソンは書いています。
「 “自分の感情” に照らし、納得いく行動だと “思えない” から出来ない(やりたくない)」という形で表面上に表れる、極端な未経験恐い病は、普段いろいろな場面でかなり頻繁に出くわします。
スタニスラフスキーの言う通り、やってみて初めて分かる事は、本当に沢山あるだろうと、頭では分かっているつもりでも、実際に行動しなければならない段になると、なぜか上記の様に反応してしまう。未体験のものに対する恐怖と、その恐怖に対する理性の防御が勝ってしまうという事なのでしょう。
原因として最も初めに想像されるのが、失敗により、他人からの評価を落としたくないからではないでしょうか。
前述の例に出てきた俳優なら、中途半端な演技をして、目の前にいる偉大な演出家にヘボ役者だと思われたくないから。ビジネスの場面だったら、相手は上司や同僚のライバル、部下、クライアント、株主になるかもしれません。プライベートでも友達や恋人、親、兄弟などが対象になる可能性があります。
自分を高く評価して欲しいと思っている相手がいて、かつ、失敗=低評価という観念を持っていれば、それなりの確率で起こり得るというのは想像できますもんね。
確かに失敗=低評価が実社会では殆どかもしれません。学校のテストだって仕事だって多くの場合がそうですよね。
思い出してみると、親から、教師から、そして会社の上司からも、失敗に対してまず一言目に言われた言葉で多かったのは「こんな事も出来ないのか」「こんな事も知らないのか!」といったものだった気がします。
恥ずかしながら、そういう自分自身も他人に対しそのような事を言った記憶があります。
それは単なる習慣から口に出た言葉かもしれませんし、本当は大した意味の無い言葉なのかもしれませんし、言われる側でも、それは ”あまり深い意味の無い事” と頭では分っているつもりだったのかもしれません。しかしもしかしたら、無意識の脳の働きはそのような言葉を「失敗するな!」というように身体に記憶させており、このような何気ない言葉もまた、この観念を心の中に根付かせるのに一役買っていたのかもしれません。
そしてもう一つ、他人の評価を気にし過ぎるという面です。必要以上に他人の評価を気にし過ぎるのも原因の一つですよね。
客観的な判断という意味では他己評価は重要だとは思います。ですがそれは何でも良いから褒められれば関心されれば良いというようなものじゃ無いですよね?当然ながら。
もしかしたらこれも学校などで教育を受ける内に知らず知らずそうなってしまうものなんでしょうか?
よく ”素晴らしい発明やアイデアを思いついた歴史的人物には、ちゃんとした教育を受けてきた人が少ない” なんて聞きますが、それを思い出してしまいます。
実際これらは、一度考えてしまったら、なかなかその枷から逃れられないのが普通だと思います。もう染み付いちゃってるんでしょうしね。
だから、スタニスラフスキーが俳優にアドバイスした ”理屈で考えてはいけない” が正しいんですよね。
最近ではイノベーションという言葉を比較的普通に耳にしますが、自分が経験した事しか納得するレベルで理解出来ず、理解出来ないものは実行出来ないのであればイノベーションなんて無理な話では?と思います。
何か新しい事にチャレンジしなければならない時は何時間も会議をしたり、何ヵ月も是可否かについて永遠考えていないで ”とりあえずやってみる” というのもすごく大切な事なんですよね。